インドのレイプ事件はきわめて痛ましく、またおぞましい事件である。
インドにおける人権意識は経済レベルに比べ相当低い。下位カーストの人間は人間と思われていない。虫けら同然だ。
ここまで平然とやられると、思わずこちらの価値観が揺らいでしまう。10年前のムンバイでの経験は、思い出しただけでもめまいがする。子供をさらって臓器をとったり、骨格標本を作ったりとやることがすごい。

ただ不思議なのは、虐待事件のほとんどが社会的にもうやむやにされていることである。これがラテンアメリカだったら、女性の家族が放っては置かない。かならず復讐する。手塩にかけた可愛い娘に何をしてくれた、と詰め寄るものである。

もう一つ、レイプというのは婚姻外交渉という側面も持つ。したがって婚姻制度のゆがみの反映という視点も必要なのではないか。インドには法外な結納金を吹っかけたり、嫁した嫁は死をふくめいかなる処遇をも甘受すべきという風習がある。

このような風習はかつて日本にも存在していたが、最近ではさすがに聞かれなくなった。女性の社会進出もあるが、主要な側面は古い家制度を支えていた社会基盤が崩壊したことだと思う。

インドでも古い家制度は崩れつつあり、そのゆえにレイプ問題が露出してきているのではないだろうか。そうでなければ、良家の子女の代表であるデリー大学医学部の学生がレイプに遭うなどありえない。法の手にかかる前に凄惨なリンチが待っているはずだ(と、感じたのだが、目下のところ根拠なし。少し調べてみなければ…)