村山談話は読む価値のある文章だ。全文は外務省のサイトで読める。そんなに長いものではない。

1.二つの目的と二つの行動

①私たちは平和の尊さ、有難さを忘れがちになります。私たちは過去のあやまちを二度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。
②近隣諸国の人々と手を携えて、アジア太平洋地域ひいては世界の平和を確かなものとしていく。そのために、これらの諸国との間に深い理解と信頼にもとづいた関係を培っていく。

というのが国の目的

そのために「日本と近隣アジア諸国との関係にかかわる近現代史研究を支援」すること、「各国との平和友好交流の飛躍的な拡大をはかる」ことの二つの行動を掲げている。


2.わが国の過ちと責任、そして反省と謝罪

そして反省の段に入る。

わが国は、遠くない過去において国策を誤り、戦争への道を歩んだ。

それは国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。

と、かなりはっきりと責任を明らかにしている。右翼からはかなりの抵抗を呼びそうなフレーズだ。そして次が謝罪の部分となる。

私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。

まさにこれこそが未来志向・国際志向ではないか。


3.深い反省に立ち、未来志向・国際志向の政治を目指す


そして最後が首相としての決意表明だ。

わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。

これこそ、過去に対するつぐないとなり、犠牲となられた方々の御霊を鎮めるゆえんとなると、私は信じております。

核の問題での不十分さは残るが、全体としてなかなか立派な文章である。なによりも、安倍首相に対する何よりも有力な反論となっていることに、ある種の感銘を受ける。

これは保守派もふくめた戦中・戦後派の、戦無派に対するコンセンサス・メッセージととらえて良いのではないだろうか。

私は安部談話の危険な狙いを暴露するだけでは不十分だと思う。彼の攻撃のターゲットとなっている村山談話のどこが、どのように攻撃されているのかを明らかにしていかなければならない。
そして、逆にその積極的な中身を広く知らせていくことにより、我々の目指すべきこの国の将来像を語り、国民の判断をもとめるべきではないだろうか。