阿部首相が見直しを打ち出した村山談話と河野談話について、もう一度確認しておこう。
ウィキペディアから

①村山談話

は、1995年(平成7年)8月15日の戦後50周年記念式典に際して、第81代内閣総理大臣の村山富市が、閣議決定に基づき発表した声明「戦後50周年の終戦記念日にあたって」を指す

全体として4段からなるが、そのうちの第三段が肝心な箇所となっている。

日本が「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与え」たことを「疑うべくもないこの歴史の事実」とし、「痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明する」

日本語では「談話」と表現しているが、英語では「ステートメント=声明」という、より明確な意思表示を表す表現になっている。

②河野談話

1993年(平成5年)8月4日に、当時の河野洋平内閣官房長官が発表した「慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話」を指す。

慰安婦関係調査

内閣官房
内閣外政審議室が
1993年8月4日に発表したいわゆる従軍慰安婦問題について」を指す。

慰安婦の存在を認めた。
慰安所の設置は日本軍が要請し、直接・間接に関与したこと、
慰安婦は、数多くの事例で本人たちの意思に反して集められた。官憲等が直接に加担したこともあった。
慰安所の生活は強制的な状況の下で痛ましいものであった。

同日に行われた河野談話

河野談話では、「強制連行」の評価にスポットが当てられている。

河野は強制を認めた根拠として「募集・移送・管理等の過程全体をみてであり、自由行動の制限があったこと」を挙げている。

そして、「組織として強制連行を行っていても、無理にでも連れてこいという命令書や無理に連れてきましたという報告書は作成されることはないだろう」と付け加えている。

ということで、いずれの記載についても周辺事情の説明が長く、内容そのものの紹介はきわめて不十分である。