下の図も「岩間の栗」のページからの転載である。気温の繰り返す激変がいかに縄文→弥生の移行に関係したかが覗われる。

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注目すべき点はふたつある。
一つはBC500年頃に平均気温が3度も下がるというミニ氷河期があって、縄文人は激減し、縄文文化はほぼ終焉を迎えていたということである。
もう一つは、AD500年頃までに人口は一気に550万人まで爆発していることである。これは温暖化と、温暖化が可能にした水田耕作の普及が支えたのだろう。

そこで不思議なのは、縄文人が絶滅状態になったところに弥生人が新たな生産様式を持ち込んで、それが人口爆発の原動力になったとすれば、日本人のほとんどが弥生人になっていなければならないのに、実際にはハーフ・アンド・ハーフということだ。(しかも、女性=mtDNAをとっても、男性=Y染色体DNAをとってもそうなのだ)

これは両者のあいだにかなり水平型の混交が行われたことを意味するのだろうか。それとも早期の段階で縄文人が水田技術を習得して、弥生人と同じような人口爆発を経験したのだろうか。だとすれば、人類史上かなり稀有なケースとなるのではないか。