話の要点がようやく見えてきた。
縄文人というのは常識的に見て、紀元前3千年の三内丸山の人たちである。それが紀元前800~300年頃の弥生人の侵入までを生き抜いた。そして弥生人=半島からの渡来人に駆逐され同化された。という筋書きである。
となれば、それは埴原氏の言うごとく南方系ではなく、樺太から南下した人々である。
だから、琉球人が縄文の流れを汲む北方人であることが証明できれば、この推理は完成する。縄文人は黒潮の流れに逆らって、九州から沖縄にまで進出したということだ。
そしてその間、南方系の人々は、水田耕作という文化を伝えることには関与したが、日本人のDNAに影響を与えるほどには侵入していないということになる。