ヘーゲルは手段が目的を規定するといった。
我々の日常生活においては目的が手段を規定するのだが、歴史においては手段が目的を規定し、目的を実現する中で手段がさらにステップアップし、さらに高次の目的を設定して行くのである。
食料の歴史の場合、この関係が典型的に現れる。
人類の食料は、最初は狩猟と採取の二種類であった。アダムとイブの時代ならともかく、この方法では食料を安定的に確保するのはきわめて厳しい。
採取による食糧確保は、当初は補助的なものであったが、その安定性のためにやがて主流となる。そのとき最大の価値観は通年保存できる保存性であった。この点で最も優れていたのが栗だった。だから三内丸山は栗の文化となった。
これに対し、雑穀は虫がつく、調理が難しいなどの困難を抱えているが、投下労働量に対する見返りが相当良いのだろう、最終的に人類が農耕生活に入る決定的な契機となった。逆に言えば、栗は増大する人々の食料要求にこたえ切れなかったのではないだろうか。