小熊秀雄の最後の詩か、昭和15年12月に発表された詩(遺稿)の一部。

つかれて
寝汗浴びるほど
鍬をもって私は夢の畑を耕しまわる
ここに理想の煉瓦を積み
ここに自由のせきを切り
ここに生命の畦をつくる
疲れて寝汗掻くまでに
夢の中でも耕やさん

おどろきやすい者は
ただ一人もこの世にいなくなった
都会の堀割の灰色の水の溜りに
三つばかり水の泡
なにやらちょっと
語りたそうに顔をだして
姿をけして影もない


昼の疲れが母親に何事も忘れさせ
子供は寝床からとおく投げだされ
彼女は子供の枕をして寝ている
子供は母親の枕をして――、
そして静かな祈りに似た気持で
それを眺めている父親がいる。

どこから人生が始まったか――、
父親はいくら考えてもわからない、
いつどうして人生が終わるのかも――、

ただ父親はこんなことを知っている
夜とは――大人の人生を一つ一つ綴じてゆく
黒い鋲のようなものだが
子供は夜を踏みぬくように
強い足で夜具を蹴とばすことを、

そんなとき父親は
突然希望で身ぶるいする
――夜は、本当に子供の
   若い生命のために残されている、と