なお「縄文人」という概念には注意が必要であろう。渡来人がやってきたとき、そこに先住していた人々ということであれば、原日本人と呼ぶほうが適切である。中南米の先住民(インディヘノス)はコロンブスが名づけたごとくインド人(インディオ)ではなかったのである。

縄文と弥生の違いは直接には使用した土器の形態であるが、今日では米作文化を中心とする農耕社会の到来が、弥生時代を画する指標とされていると思う。

ジャポニカの原産地が中国南部であることは良く知られており、米作文化をもたらしたものが半島からの渡来人ではないことは、さまざまな形で立証されている。
とすれば、一般的には原日本人は弥生人だったと考えるのが素直ではないか。もちろん渡来人が先で、米の伝来が後という可能性もあるが、やはり米は米作りの文化と、それを担う人々とが一式セットで入ってくるものと考えたくなる。

それでは縄文人から弥生人への交代はいつ成されたのだろうか。それは同一の人種だったのだろうか、それはまた別の問題である(多分別人種だと思うが)。

いづれにせよ、渡来人に対する対概念としての原日本人を、縄文と結びつけるのは混乱の元であろう。