日本人の起源説が覆されようとしている。沖縄の人とアイヌ民族は同根だというのだ。

たしか半年ほど前に、日本人のルーツの問題を取り上げて、日本人のルーツは基本的には中国南部に由来すると書いた覚えがある。
もちろん大本は他のアジア系人種と同じくシベリアから南下したモンゴロイドであるのだが、それが日本にまで来るには福建省あたりから船で来るのと、朝鮮半島からわたってくるのと、樺太から南下するのと三つある。

明治以来の学説は、1911年のベルツ博士の「アイヌ・琉球同系説」であり、ついで江上波夫が騎馬民族説を唱え、原日本人集団を朝鮮からの渡来者が征服し日本人が形成されたとした。
1980年代には植原和郎らが、これを縄文人vs渡来人として定式化し、「二重構造説」を提唱した。

ところが90年代のDNA研究でかなり様相が異なってきた。
縄文人という規定が適切かどうかは別として、原日本人という人種が住んでいるところにかなり大量の渡来人が入り込んで混血した。
このことは間違いないようだ。

しかし、もし弥生人を米作を担った人々というのなら、それは渡来人ではない。渡来人は日本に米作り文化が定着した跡に「降臨」したに過ぎないということになる。

しかもこれらの仮説は、日本人と琉球人との関係を説明するには役立つが、蝦夷や現代のアイヌ人の成り立ちを説明することにはならない。

樺太経由で南下してきた北方民族は単一ではない。東北北海道の気候は農業には厳しく、周期的に激変した。一時栄えた部族も絶滅し、代わりの集団が渡来した。そうやって何次にもわたり積み重ねられてきた可能性がある。
ヤマトタケルと闘った人々、埼玉のワカタケルの剣の持ち主、アテルイら田村麻呂とたたかった人々、そして中尊寺の安部一族、十三湊の安東氏が、現在のアイヌと同じ民族であったという保証はない。

そしてDNA分析の結果は外見上の類似にもかかわらず、アイヌと琉球人のあいだには遺伝的近縁関係は認められないというものであった。

ずいぶん長い前置きになってしまったが、私にはそれくらい強烈な理論なのだ。

私にとっては、琉球人は琉球民族ではなく日本民族であり、アイヌ人はアイヌ民族なのだ。人類学的な所見がどうであろうと、そうなのだ。しかし多少混乱はするわな。

記事の紹介はまた明日にする。もう10分で日付が変わる。吹雪いてきた。起きたら雪かきが待っている。