青空文庫で川端康成の作品を探したが、「有がたうさん」どころか、何も載っていない。
代わりに宮本百合子の川端批判があった。「東京朝日新聞」の 1932(昭和7)年1月28~31日号に載ったものらしい。

一九三一年は、日本をこめて資本主義世界の一般的経済恐慌が、金融恐慌にまで発展したすさまじい一年間だった。
 特に一九三一年の後半期は、ブルジョア独裁がブルジョア文化の全機能をひきいてはっきりとファッショ化した点で、日本の歴史的モメントであった。
 支配階級とともに急速にファッショ化したのは、大衆作家直木三十五や三上於菟吉ばかりではない。川端康成もこの「抒情歌」で、ファッシズムのために道をひらく危険にさらされている。


と大上段に振りかぶり、川端をファシストないしその類として一刀両断にする。

現実の激しい社会生活から遊離した川端康成の主観玩弄の癖は一つの特徴だ。有閑なブルジョア・インテリゲンチアらしく脳みそは一秒間にどれだけ沢山のものを連想し得るかを暇にまかせて追求し主観の転廻のうちに実現と美を構成しようとしている。

そして、川端にブルジョア文学者というレッテルを張った上で、

ブルジョア・インテリゲンチアが政治的危機においては、その紛糾をいとわしいものとして避けようとする。…ブルジョア文学はブルジョア階級のがたつきと一緒に、美のうちにあるべき正しいいきどおりという理論を失っている。

と喝破する。
まぁ、当時の雰囲気の中で読まなければならないだろうが、ずいぶんきつい物言いである。ただ百合子にとっては、「かわいそうだね、でも僕には関係ないよ」という態度が許せなかったんだろうね。

戦後、川端はペンクラブの会長として反ファシズム運動を担ったこともあるが(おそらくその功績をふくめてのノーベル賞であろうが)、やがて「美しい日本」の提唱者として右翼のイデオローグに再転回していく。そこに、高見順との違いが基層の相違として見えてくるようだ。