この文章は、イラク戦争の謎を解く重要な手がかりを与えてくれた。すなわちイラク戦争はイスラエルのための戦争であったということである。

きわものではない。事実の積み重ねの上での説得力ある理論である。

しかし、その結論は恐ろしい。我々よりもむしろアメリカ人にとって恐ろしい結論であろう。イスラエルのいうままに政策が決まっていく過程も恐ろしいが、それ以上に、アメリカの議会制民主主義が、金銭や圧力の前にまったく無力化しているという事態が恐ろしい。

論述を逆にたどってみよう。論者の根本的な出発点は、「イラク戦争は“アメリカにとって”何だったのだろう」という疑問である。

そしてその結論は、政治学者らしく、「無益だった」ということである。さらに「有害」だった可能性もある。「意味」や「意義」については問わない。

それでは無益だった理由はなんだろうか。論者は「そもそも直接の利害関係がなかったからだ」という。少なくともアメリカという国にとって、兵士の生命と莫大な戦費、国際的な関係悪化と道徳的権威の失墜をかけてまで戦うほどの利害関係はなかった。一部にイラクの石油資源を持ち出す論議があったが、何よりもその後の事実が否定している。

これが第一命題。

それにもかかわらず、アメリカは無益な戦争を仕掛けた。次の疑問は、「アメリカはなぜ無益な戦争を行ったのか」という疑問である。

そして、これに対しても政治学者らしい結論をひきだす。「この戦争が有益だった勢力が存在したから」である。彼らはイラク戦争にたいして死活的な利害関係を持ち、アメリカ政府の政策に対して決定的な影響力を持ち、しかも本質的に非アメリカ的であり、アメリカの国益に対して価値中立である。

これが第二命題。

以下は犯人探しをめぐる多少実証的な検討になる。

一つはイラクをめぐる地政学的状況の分析。ここから21世紀の劈頭において中東で、イラクを叩くことに死活的な有益性を持つのはイスラエル以外にないことが明らかにされる。

ついで時系列的な分析。アメリカに先立ってテロリスト国家論や先制攻撃論などを主導し、実践していたのはイスラエル以外にない。イラクに対する攻撃は、イスラエル政府の主張をほぼ忠実になぞる形で実施されている。さらにシリアに対する攻撃や、イランに対する攻撃を煽っているのもイスラエル以外にない。

ここから、少なくとも「戦争が有益だった勢力」の重要な要素のひとつに、イスラエル政府があるということは確実である。

論者の主張はきわめて鮮明である。

イスラエルとイスラエル系圧力団体からの圧力は、イラク攻撃を決定した唯一の要因ではないが、決定的に重要であった。この戦争は石油のための戦争と 信じている米国人もいるが、その主張を支持する直接的な証拠はほとんどない。そうではなく、この戦争はおおかたのところ、イスラエルをより安全にしたいと いう欲望が動機であった。

そしてこれからが、いわば本題。

我々はこれまでアメリカの戦争政策を牽引したのはブッシュであり、チェイニーであり、ネオコンと呼ばれるグループだと判断してきた。その心理的背景には9.11でアメリカ国民が陥った一種の集団ヒステリー状態があると見てきた。

ネオコンと呼ばれる高級官僚の多くがユダヤ人であることは知っていたが、それがと結びつき、その強い影響を受けながら活動していたことは知らなかった。ユダヤ系社会がアメリカのなかで強い影響力を持っていることは聞いていたが、これほどまでの政治力を有しているという認識はなかった。

そこでもう一つの疑問、「イスラエルはアメリカの政策を決める力を持っているのか」ということだ。答えは「然り」だが、いくつかの条件がつく。

まず正確には、アメリカの政策を決める力を持っているのは、イスラエル政府そのものではない。全体としてのアメリカのユダヤ系社会でもない。それはイスラエル系圧力団体の力である。

もう一つは、国家の政策のすべてに決定力を持っているかといえば、もちろんそうではない。中東問題、それもイスラエルの利益が絡む問題についてのみである。

だから正確に言うと、「イスラエル系圧力団体は、イスラエルの利害が絡む問題について、アメリカの政策を決める力を持っている」ということになる。

多くのアメリカ人にとっては、イスラエルもパレスチナも、「直接の利害はない」、いわばどうでも良い問題である。だから平均的アメリカ人を代表する議員は、一生懸命圧力もかけ、金も出してくる団体に対しては寛容になる。札束を口に押し込まれて余儀なくされる沈黙は、心地よいものである。

ただ今回は、たまたま中東全体の問題に拡大しまい、若者が戦地に送られ、国家財政が破綻に追い込まれてしまっただけなのだ。

巷で言われるような、「ユダヤ人は金持ちだ」とか「ユダヤ人の投票率が高い」とか言うようなことは、アメリカのユダヤ系社会の影響力を説明するものであったとしても、イスラエル系圧力団体の力を説明するものではない。イラク戦争が始まったときユダヤ系のイラク戦争への支持は52%だった。これは国民全体の支持率62%より低いのである。

むしろ創価学会とか部落解放同盟のようなイメージを抱いた方がわかりやすい。農協のような利益代表的な圧力団体ではなく、思想性の強い圧力団体と考えるべきであろう。