ガザ問題を知るために、宮田律さんがすばらしいレジメを用意してくれています。
それほど長いものでもないので、直接ご覧になるようお勧めしますが、「なるほど」を納得したポイントをいくつか箇条書きにしておきます。

①ガザは街ではなくゲットーである。縦が50キロ、横幅が最大10キロの地区内に150万人が押し込められている。8つの難民キャンプがあり、そこに100万人が暮らしている。
②難民といっても「避難」したのではない。1948年の第一次中東戦争のときに土地を奪われ、押し込められ、65年間押し込め続けられてきた人々である。
③ガザの周囲は、壁によって完全に囲まれている。海は、イスラエル軍によって封鎖されている。パレスチナ人がガザを出入りする自由はない。壁のなかに生まれ、壁のなかに死んで行く。
④ガザの失業率は70%以上。貧困ライン以下の家庭が85%。多くの子どもたちに栄養失調の徴候が見られる。

ついでガザをめぐる交渉経過ですが、
①オバマの二つの発言
オバマは就任早々、パレスチナ問題の解決に積極的な姿勢を示しました。一つが2009年6月のカイロでの演説で、60年間以上もわたって続いている占領に対する遺憾の念が表明されました。もう一つは2010年5月のネタニヤフ首相との会談です。そこでオバマは「将来のイスラエルとパレスチナの境界は1967年の第三次中東戦争以前の境界を基本に考えるべき」と発言しました。
②イスラエルのさらなる強硬化
イスラエルはオバマ発言に対し、真っ向から挑戦する姿勢をとり続けました。入植地を拡大し、トルコの人道支援船を攻撃し、ガザの全面封鎖を継続しています。宮田さんは、これに対しオバマがまったく無反応であったと非難しています。



今回の事件はハマスの最高軍事指導者と報道されていますが、これはイスラエル側の発表を鵜呑みにしたもので、実はイスラエルとの和平交渉の担当者だったようです。和平交渉はアメリカとエジプトも支援していたはずですから、両国が怒るのも無理ありません。

和平交渉を自らつぶすというのは、テロに対する報復とは訳が違います。アメリカ国務省に対する挑戦です。退任予定のクリントン国務長官にとっては顔に泥を塗られたことになります。

このような作戦がネタニヤフ首相の一存で実行されたとは思えません。米軍の高いレベルでの判断があったと思います。端的に言えば、米軍トップ(ネオコン・グループ)はオバマ=クリントンをなめていたのではないでしょうか。その背景には大統領選挙における軍産複合体の共和党シフトがあり、オバマ憎しの気分が昂揚していたのかもしれません。

しかしクリントンを怒らせたのはちょっとまずかったと思います。彼女は停戦を仕切ったにもかかわらず、この停戦がエジプトの主導の下に実現したと強調しています。これはネタニヤフに対する強烈な当てこすりでしょう。

国務省にも国防総省にも、それなりの縄張りがあります。当選早々のオバマに、先制パンチを食らわしたつもりだったのでしょうが、民主党の主流派や外交官僚に恥をかかせ、敵対心を抱かせることになりかねません。だからあせって、ネタニヤフに全面屈服を強いたというところでしょうか。