「海外生活の達人」というページにエルビルさんのインタビューが写真付きで載っていた。
若干長めに引用させていただく。

ニカラグア

初対面でも臆せず語り合う―“share & enjoy”の精神

 「さあ、何からお話ししたらよいかしら」午後の陽光が明るく差し込む執務室の長椅子に、エルビールさんは筆者と並んで腰をかけた。ここ、西麻布の ニカラグア共和国大使館で、アナ・パトリシア・エルビール(Ana Patricia Elvir)さんは総領事を務める。夫は駐日ニカラグア大使のサウル・アラナ・カステジョン(Saul Arana Castellon)氏。夫婦が大使と総領事として同時に任命されるのは、非常に稀なケースとのこと。

 エルビールさんは、元々外交官だったわけではない。ニ カラグアの大学で社会科学を専攻した後、約10年間(1980年代)はNGOで活動していた。その後は国家公務員としてニカラグア教育省に勤務し、 2007年に夫が駐日大使として赴任するのに伴い、総領事に任命された。

  大学卒業後に所属していたNGO組織は、“The Nicaraguan Committee for Solidarity, Friendship and Peace(「連帯・友情・平和のためのニカラグア・コミュニティ」注:現在は存在しない)”といい、エルビールさんはそこで海外との渉外活動を担当して いた。

当時のニカラグア情勢に触れると、1979年に「サンディニスタ革命」と呼ばれる政変が起こった後、米国のレーガン政権は、ニカラグアの反革命勢力である「コントラ」(右派武装ゲリラ)を支援するなどして軍事的圧力をかけ、同時に徹底した経済封鎖を行った。

その結果、ニカラグア経済はハイパーインフレに見舞われるなど大混乱をきたした。

「経済封鎖のダメージは半端 なものではなく、ニカラグア国民は生活物資にも事欠く事態に陥った。例えば、薬も食料も衣服も、練り歯磨きすら手に入り難い状況が続いた」―エルビールさ んはそう当時を振り返る。

エルビールさんが所属したNGOは、そうした困窮状態を国際社会に訴え、援助や経済投資などを促進してもらえるよう働きかけを行っていた。

 1990年2月の選挙で、親米保守派のチャモロ大統領が誕生。米国も10年間に及んだ経済封鎖を解 くに至った。

だが、チャモロ政権の発足当時、ニカラグアは約100億ドルの対外債務を抱えていた。国民所得は、1978年の水準の半分にまで減少し、人口の31%が貧困状態に、23%が極貧状態にあった。

貧困問題は依然として深刻で、現オルテガ政権も農村部での飢餓撲滅・生産振興を目的とした「飢餓ゼロ計画」を推進している。