いろいろ楽しかった「佐藤さんを囲む会」の最後、佐藤さんはこういいました。

私はサンパウロ大学に入って、まず「解放の神学」の信奉者として活動をスタートさせました。軍事政権ができて、それが抑圧的な態度をとるようになり、学生が抗議運動を強めたとき、私はそれを支持して、みずからも活動に関わるようになりました。
当局の弾圧が私の身におよんだとき、私はチリに脱出して国連のラテンアメリカ経済委員会で仕事をするようになりました。まもなく私は人民連合の活動に飛び込みました。
私は「解放の神学」の信奉者から科学的社会主義の信奉者となり、チリ社会党に入党しました。
私はブラジルに戻った後、秘密活動にも関わり、ブラジル労働党(PT)の創立メンバーのひとりとなりました。
しかし、労働党の活動家の、あまりにも労働者的な活動スタイルと感覚的に“ずれ”を感じるようになり、運動野から離れたのです。そのときの私にとって、仏教は逃避するための口実だったかもしれません。
しかし、1年前にブラジルで開かれた世界社会フォーラムで殿平さんと出会い、日本に来ることができて、いろいろ学びました。その中で、もう一度社会実践に取り組まなくてはならないと教えられました。
仏教は、社会実践から逃れる場ではなく、社会実践と取り組む場なのだと感じるようになりました。
ブラジルに帰ってからもう一度考えを整理して、実践的仏教徒として再出発したいと考えています。


私は思います。それは佐藤さんにとっての“業”、カルマでしょう。おそらくそこから逃れることはできないと思います。
チリで三回も死ぬ目にあいながら、ここまで生きながらえてきたのは、いわば「天命」でしょう。ピノチェトから逃れることはできても、「縁」から逃れることはできません。苦しいが、正面から向き合うしかありません。
「連帯」とは業を紡ぐもの同士が因と縁をつなぐことなのかもしれません。
お互い、生きていたらまたお会いしましょう。