そろそろ、医者の端くれとしては一応、知った振りしなくてはならない時代になったようだ。
とりあえず、いつもの年表方式で整理してみた。

「iPS細胞物語」その他を参考にして作成。また山中らの実験自体については研究課題別事後評価結果を参照した。Wikipedia は未消化で、少しフォーカスがずれていて、やや古い。

81.7 英国ケンブリッジ大学のマーティン・エバンス、マウスの胚盤胞の内部細胞塊を取り出し、多能性を維持したまま分裂を繰り返させることに成功。これをES(Embryonic Stem)細胞として発表。

84年 ブラッドレイらが、ES細胞を受精卵(胚盤胞)に注入。ES細胞に由来する細胞をもつマウスが生まれることが示される。これによりES細胞の多能性と分化能が証明される。

87年 トーマスとカペッチら、ES細胞を利用し、最初のノックアウトマウスを作成。「ES細胞+相同組み代え」により多くのノックアウトマウスが作成されるようになる。

ノックアウト・マウス: 塩基配列は解明されているが機能が不明な遺伝子について、その働きを知るために用いられるマウス。まずES細胞の特定の遺伝子を、類似の塩基を組み込むことにより不活化させる(ノックアウト)。この後成長したマウスと正常のマウスとの行動や状態を比較することで、その遺伝子の機能が分かる。(「相同組み代え」については、とりあえず遺伝子操作の代表的な方法と憶えておけばよいでしょう)

88年 ES細胞の培養に用いられるフィーダー細胞に、分化抑制因子が存在することが分かる。この因子は白血病抑制因子(LIF)と同じものであった。(これにより細胞の分化に細胞内の遺伝子が関与することが分かる)

96年 イギリス・ロスリン研究所のイアン・ウィルマットがクローン羊ドリーを誕生させる。

ドリー誕生の経過: ある羊の乳腺細胞を採取し、別の羊から採った核抜き卵子に入れる。電気刺激で融合させると細胞分裂が始まる。これを別の羊の子宮に植えると、最初の羊とまったく同じ遺伝情報を持つクローン羊の出来上がり。
つまり乳腺細胞が全能細胞に先祖帰りしたことになる。それをinduceしたのは、核抜き卵細胞の細胞質内の“何かである。

98.11 米・ウィスコンシン大のジェームス・トムソン、ヒトの受精卵からES細胞を作成。

この報告はマスコミに大きく取り上げられ、再生医療への期待が大いに高まった。第一次再生医療ブームといえる。同時に人間になりうる細胞を実験に供することに対し批判も強まる。この倫理問題と、拒絶反応の問題からES細胞の研究は行き詰まる。

05.6 京大の山中伸弥、iPS細胞づくりの実験を開始。初期化に関係する可能性のある遺伝子を選び出す。

第一段階: 独立行政法人理化学研究所が公開しているマウスの遺伝子公共データベースを活用し、データベース上でマウスのES細胞で働き、分化した細胞で働いていない遺伝子を抽出。これで100種類ほどに絞り込む。
第二段階: ノックアウトマウスを使ってこの100個の候補遺伝子の働きを調べ、候補遺伝子をさらに24個までに絞り込む。

05.8 山中のグループ、24種類の遺伝子すべてを、レトロウイルスをベクターに用い、マウスの皮膚細胞(皮膚といっても真皮層の線維芽細胞)に送りこむ。これによりES細胞に類似する多能性細胞が形成されることを観察。インダクションに必要な遺伝子の選別作業に入る。

第一段階: 24の遺伝子を個別に導入したが、すべて失敗。単独の遺伝子による作用ではないことが確認される。
第二段階: 「24マイナス1」方式で絞込みを行ない、関係ないものを排除する方式に切り替える。

06.1 韓国ソウル大で、ヒト・クローン胚からES細胞を作成したとの捏造論文。

06.8 山中ら、4種の遺伝子の導入によりマウスの皮膚から人工多能性幹細胞を作成することに成功したと発表。iPS細胞と名づける。4種の遺伝子とはOct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc で、山中ファクターと呼ばれる。

07.7 山中ら、よりES細胞に近い遺伝子発現パターンを示す改良iPS細胞(Nanog-iPS細胞)を作成。

Nanog-iPSの作成法: Nanog遺伝子にGFPおよびピューロマイシン耐性遺伝子を挿入したノックイン・マウスを作製。このマウスの線維芽細胞に4遺伝子を導入しiPS細胞を作成。
どうもあやふやだが、Nanog遺伝子というのは遺伝子というよりは遺伝子座であり、標的であるようだ。これまでの標的だったFbx15より、多能性により深く関与するとされているようだ。(御指摘お待ちします)

07.11 山中伸弥とウィスコンシン大学のジェームス・トムソンが独立してヒトiPS細胞を作成。

白人女性の顔の皮膚からマウスと同様の方法によりヒトES細胞に類似した細胞の増殖に成功。多分化能を獲得していることが証明される。
トムソンは山中ファクターのうちOct3/4、Sox2の2因子とNanog、Lin28で作製した。

07.12 山中ら、c-Mycを除くOct3/4・Sox2・Klf4の3因子だけでも、マウス・ヒトともにiPS細胞の樹立が可能であると報告。ただしc-MycなしではiPS細胞の樹立効率が極端に低下。

その後の追試で、山中ファクターについては修正が加えられている。ハーバード大学のデイリーらは、Act3/4遺伝子とSox2が必須であり、c-Myc遺伝子とKlf4遺伝子はどちらか一方があればよいとの成績を出している。

07.12 アメリカのルドルフ・ジェニッシュら、鎌状赤血球症のマウスの治療に成功したと報告。

実験の概要: 鎌状赤血球症のマウスからiPS細胞をつくり造血幹細胞へと分化させる。この造血幹細胞に遺伝子組み換えを行ない、正常造血幹細胞に入れ替える。この造血幹細胞を増殖させ、移植したところ、鎌状赤血球症は治癒した。

08.4 Bリンパ球からのiPS細胞の作成に成功。このあと、皮膚線維芽細胞の変わりに膵臓β細胞、神経幹細胞、毛髪などさまざまな細胞からiPS細胞が作成されるようになる。

08.9 ハーバード大学のHochedlingerら、レトロウィルスの代わりアデノウイルスを用いて、ヒトiPS細胞作製。ウィルスとしての毒性が低く、安全性が向上する。さらにウィルス・ベクターを使わないインダクション法の探求が始まる。

09.1 米ネバダがん研究所のデビッド・ウォードら、ジェニッシュと同様の原理で、マウスを使った実験で血友病を治すことに成功。

09.2 東京大学の中内啓光ら、iPS細胞から血小板を作ることに成功。ウィスコンシン大学のカンプらはヒトiPS細胞から心筋を分化誘導。(このあたり書き切れないほどの発表)

09.4 ウィルスの代わりに、ゲノムへの組み込みのないエピソームをベクターに用い、ヒトiPS細胞の作成に成功。

09.8 がん抑制遺伝子"p53"の働きを抑えることでiPS細胞の作製効率が飛躍的に向上。

09.11 筋ジストロフィー患者から異常遺伝子を修復したiPS細胞を作製。

10.7 Geron社、ES細胞をつかったヒト脊髄損傷治療に対する臨床試験を始めると発表。

10.9 山中ら、c-Mycと同じ遺伝子ファミリーに属するL-Mycを用いれば、効率が5~10倍化し、がん化リスクがほぼゼロとなると発表。

c-Myc遺伝子: iPS細胞が癌化する原因はc-Myc遺伝子の突然変異にあるとされる。c-Myc遺伝子は、本来は細胞増殖期にだけ働くが、突然変異で働き続けるようになってしまうことがある。
Mycファミリー: c-Myc、L-Myc、N-Mycというファミリー遺伝子が知られている。L-Myc はN末端のアミノ酸配列が短く、培養細胞での形質転換活性が低い。

11.6 山中ら、c-Mycの代替転写因子を検討。Glis1遺伝子が有効であることを確認。細胞の初期化を促進するとともに、初期化が不完全な細胞の増殖を抑制できると発表。

10.10 ハーバード大学のD. J. Rossら、iPS細胞への誘導因子をDNAではなく、mRNAの状態にして導入する方法を発表。mRNAは不要になったら分解されるため安全とされる。

RNAにより誘導されたiPS細胞はRiPS細胞と呼ばれる。従来のウイルスベクターに よって樹立されたiPS細胞よりもES細胞に近く、2桁も効率が高く、誘導にかかる時間が半分程度ですむ。さらにmRNAに化学修飾を施すことにより、タ ンパク質合成効率や細胞の生存率を高める可能性も指摘される。

1.3 東京大学の宮島篤、iPS細胞をランゲルハンス島に分化させ、マウスに移植し血糖をコントロールすることに成功。



RiPS細胞の記述は良く分からない。これまでのベクターはレトロウイルスであるが、これ自体RNA型のウイルスで、ウイルス粒子中に逆転写酵素を持っている。

「DNAではなく、mRNA」と書いてあるが「RNAではなくmRNA」の間違いではないか?

レトロウィルスは、宿主のDNAとくっついて情報を転写する。取り付かれたDNAはやがて二本鎖となり、いったん染色体の中に組み込まれる。組み込まれた「プロウィルス」がmRNA(ヘアピンRNA)を合成する。このmRNAがミトコンドリアでウィルス粒子を生産する…というのが大まかな流れだ。

ここから先は良く分からないが、最初からこのヘアピンRNAを細胞に突っ込んだらどうなるだろうか、ということなのかもしれない。誰かが原著を邦訳してくれているが、ちんぷんかんぷんだ。


我々のような素人が混乱するのは、生物の階層性がなかなか把握できないからだ。細胞のレベルなのか、核のレベルなのか、染色体のレベルなのか、遺伝子のレベルなのか、DNAのレベルなのか、塩基配列のレベルなのか、これらが分かっていないと話がゴタマゼになってしまう。

これらは遺伝子工学の世界の話だが、iPS細胞の話はそういうことを知らなくてもなんとなく分かってしまう。だから、ちょっと突っ込んでいくとしどろもどろになってしまう。

さりとて、あまりそちらの方面を詳しく説明しすぎると、話がわき道にそれてしまい、肝心のiPS細胞の話がどこかに飛んでしまう。(Wikipediaの解説はそのきらいがある)

その辺のバランスのとり方が、案外難しい。