「エミール」の第4巻に「サヴォア助任司祭の信仰告白」という節があるそうだ。そこが当局の気に入らなかったところで、その後のルソーの運命を決めたようである。

それはまた、後のカントの自由観に大きな影響を与えたという。

以下は、土橋貴さんの「ルソーについて-自律としての自由」という文章の要約

http://wwwlib.cgu.ac.jp/cguwww/03/24_0102/24-01.pdf

人間の意志を決定する原因は何か。それは彼の判断だ。では、判断を決定する原因は何か、それは彼の知的能力だ、判断する力だ。決定する原因は人間自身のうちにある。それ以上のことになると、私にはもうなにも分からない

あらゆる行動の根源は自由な存在者の意志であり、私の外にある何者によっても決定されないでそうすること、まさにそういうところに私の自由がある

このポイントを、カントが自律という言葉で展開していった。

「だからルソーは、自律の精神としての“自由を通し平等を作っていく”決意を固めたのである」

土橋貴さんによれば、「社会契約論」では以下のように述べられている。

人間は、自然環境下では自然の法則下で生き、脱自然状態下では他者に縛られ生きてきたが、今後は新しい共同関係を作りながら、自律としての自由を作っていかなければならない。

どこかで聞いたようなせりふですね。