この間の動きを見ていると、一番残念でならないのは2002年の中国共産党第16回大会で打ち立てられた、階級的な外交路線が忘れ去られ、プラグマチックな自国中心主義がふたたび台頭してきているということである。

コソボ紛争で中国大使館が爆撃されたいわゆるコソボ・ショックは、多極化という現象が国際政治の移行形態であること、そのなかに階級関係が貫徹していることを示した。

このあと、江沢民政権の外交戦略は大きく転換していく。9.11からアフガン、イラクと続く一連の動きの中で、中国はアメリカ帝国主義と向き合う必要を痛感した。

同時にそれはアメリカ帝国主義の手を縛るべき国際的包囲網の形成をうながした。そしてそれが21世紀の世界の目指すべき発展方向に一致していると確信した。

それが16回大会に表現されている。
朱建栄は,第16回党大会前後の変化を「中国第三の革命」と呼んでいる.第一の革命は中華人民共和国建国であり,第二の革命は鄧小平が打ちだした「改革・開放」政策である.


外交の基本は、①世界平和を擁護し,共同発展の促進を前面に打ち出す.②国際社会へ積極的に参加する.③多様な形態の国際協力を発展させる、というものだ。

多極論は,大国間調整・構造としての「多極体系」観ではなくなった.途上国も多極化推進の重要な力とされ,大国のみならず,多様な力量を持つ諸国の調和的共存がうたわれるようになった.これは事実上多国間主義と重なる考えである.

この16回大会からの10年間、すなわち湖錦湯体制の10年間で、多国間主義は事実上放棄され、ASEANに対しては「二国間協議」という各個撃破政策が主流となった。

こうして、アメリカとの直接対決は避けつつ、「時機をうかがい、情勢を推し量り、総合国力の競争において有利な方向に向かう」ことが外交戦略の基本にすえられるに至ったのである。

なんとも情けない話ではないか。