湖錦湯外交の転換点となったとされる、09年の「大使会議における演説」というのが、どんなものなのか分からなかったが、高井潔司さんというかたが紹介してくれている。
21世紀中国総研というサイトの「ニュースペーパー・クリティク」第15号 2011.01.10発行 に載せられたものである。この論文は『週刊ポスト』(2011年1月 1-7日号)に掲載された「異形の大国・中国と自由主義陣営の闘い」という反共レポートに対する反論という形をとっており、外交政策の変化全般を取り上げたものではない。内容も「韜光養晦」路線に焦点を合わせたものである。
(「韜光養晦」については拙論「中国外交史ノート:多極化論の軌跡」の全方位独立自主外交の節を御参照いただきたい)

しかし、そこにはかなりの分量で演説内容が紹介されているので、その要旨を引用させていただく。

「09年7月 駐外使節会議での演説」

新華社はこの会議について、湖錦湯発言をふくめて、かなり詳細に報道した。ただし演説の全文は公表されていないとのことである。

①2004年の第10回大使会議以来の外交活動の総括と、当面する国際情勢の主要な特徴を分析した。

②当面の国際情勢は国際金融危機の衝撃により、複雑、深刻な変化を引き起こしている。それは現行の国際経済・金融システム、世界経済の運営メカニズムに重大な衝撃を与えた。

③わが国はまさに経済発展を保持できるか否かの重要な時期を迎えている。わが国は新たなチャンスと厳しい挑戦に直面している。

④外交活動が党と国家の全ての活動の中で占める地位と機能はさらに重要性を増している。

⑤世界のグローバル化、平和と発展は依然として重要だが、総合国力の競争も日増しに激化している。

⑥発展途上国の関与の要求が強まり、国際関係の民主化の呼び声も高 まっている。

世界の多極化 の前景はさらに明確になりつつある。われわれは時機をうかがい、情勢を推し量り、有利な方向に向かう 必要がある。

強調は私)


かつて私は文革以降の中国の外交路線を跡付けたことがある。それは、江沢民政権後期にきわめて魅力的な外交路線が出現した根拠を求めたものだった。(中国外交史ノート

そして、私はそのキー概念として「多極化論から多国間主義へ」ととらえた。
そこから、この演説を見直してみると、完全な逆コースをそこに発見することになる。

09年7月、世界は不況の奈落に落ち込んでいた。しかし中国だけは依然として高い成長率を維持していた。中国のGDPは日本を追い抜き世界二位に躍進した。湖錦湯は国際情勢の重大な変化の根本に、この“世界の退潮と中国の躍進”というトレンドをおいている。

多極化論への復帰はバランス・オブ・パワーを原理とするウェストファリア・システムの復元にある。それは自国の有利化、強大化に最大の価値を置く「大国主義」的なオポチュニズムと表裏一体となっている。

多極化論の本旨はみずからが強大な「極」のひとつとなることにある。そのために、「時機をうかがい、情勢を推し量り、有利な方向に向かう」ことにある。それは本質的に自国権益主義である。科学的社会主義とは縁もゆかりもない、19世紀的発想である。

おもんばかるに、高度成長の中で中国にも形成されつつあるであろう「軍産複合体」の意向が反映されているのではないか? これが当時の共産党幹部から指弾されたことは想像に難くない。

ただ、当時とは経済状況が根本的に変わりつつある。いまや中国経済も深刻なリセッション局面に向かいつつある。経済的苦境が政権に否定的な影響をもたらそうとするとき、この多極化論の方向は、かなり危険な役割を果たす可能性がある。