赤旗に連載している「池辺晋一郎の 会いたくて」というインタビュー記事で、岩下志麻が登場。びっくりする話だった。

池辺が夫の篠田監督の話だといって、エピソードを紹介する。

志麻は前進座育ちだから、結婚した頃は、鼻歌といえば「インタナショナル」だった。

それに応えて、岩下志麻は次のように語る。

前進座の創立メンバーだった川原崎長十郎は私の伯父で…
小学生の頃、前進座の集合住宅で暮らしていたこともあるんですよ。

「屈原」という芝井が好きで好きで。小学生の頃、前進座の劇場でアイスクリーム売りをやっていたんですが、…アイスクリームの箱を背負ったまま、食い入るように見ていましたね。

知りませんでした。最初に「バス通り裏」という連続ドラマに「隣のお姉さん」で出てきたときは、ふつうのお姉さんでした。十朱幸代よりはきれいだったが。

それにしても、テレビの始まりの頃って縁故、縁故でやっていたんですね。十朱幸代は十朱久雄の娘だし、岩下志麻も野々村潔の娘で、いずれもNHKの常連俳優だ。
「おい、どこかにこの娘役やる奴いないか」
「そういえば、野々村さんとこの娘がこのあいだ遊びに来てたけど」
「で、どんなだい?」
「芝居はどんなだか分からないが、タッパがあって映り栄えはいいんじゃないかな」
「いいよ、いいよ。どうせ日本薄謝協会だからな」
ってなもんで決まってったんでしょうね。
ということは、「鉄砲小弥太」に出た染五郎は、当時としては大英断だったんだ。

火を吹く、火を吹く、鉄の玉、
山にいかづち、谷間にこだま、

日曜の6時からで、これが終わると佐々やん、昆ちゃんのやりくりアパートで、「ミゼット、ミゼット」で、良い子の時間はおわりだった。

すみません。間違えていました。
鉄砲小弥太は土曜日だったそうです。主役は染五郎ではなかったそうです。歌舞伎の若手だったことは間違いないようなので、勘違いをしていました。