札幌にも阪神フアン、いわゆるトラキチはたくさんいる。
飲み屋に行ったら5,6人ばかりが肩を組んで六甲おろしを歌っている。勝ったのかと思ったら負けたのだそうだ。
このくらいならご愛嬌だが、現地大阪で阪神が優勝でもしようものなら、こんなものではないだろう。
歌わなければ「非国民」あつかいされかねない。

もう20年も前になるか、日本シリーズで西武が巨人を破った。優勝決定の直前、一塁を守っていた清原が泣き出した。試合は一瞬止まった。そしてその後巨人の選手が凡退してゲームセット。その瞬間、私は千歳の空港の待合室で思わず拍手した。
そのとき、あたりの人が私を見つめてるのが感じられた。これは皮膚感覚で、まさに突き刺さるような視線だった。三回まで拍手したが、4回目は手が止まった。テレビだけが大音響で、待合室は一瞬の静寂が支配した。

こんなことはいつでもどこでも起こりうることである。だけど、だからこそ、これを知事だとか首相だとか大統領だかが憎しみを煽ってはいけない。決していけないのである。

ルアンダの50万人虐殺は、ラジオのDJが憎しみを煽ったことから始まった。乗せられるやつも馬鹿だが、敢然と異議を唱える人がいなかったのが最大の問題だろう。異議を唱えれば殺されるかもしれない。それでも異議を唱えなければならない。そういう人間を育てるのが真の教育なんだろうと思う。