ところで、ピグーの厚生経済学はとりあえずおいといて、厚生経済学の日本への紹介者となった福田徳蔵という人が面白い。

とても難しい教科書は歯がたたないが、一橋大学の西澤教授が福田徳蔵の思想を分かりやすく紹介してくれている。講演を起こした文章なので数式もなくて読みやすい。

以下は私の読書ノート

福田徳三の経済思想 ―厚生経済・社会政策を中心に―

http://jfn.josuikai.net/josuikai/21f/59/nishi/main.html

講師 一橋大学経済研究所教授 西澤 保 

1 福田の出発点 我々は…大勢に対抗せねばならぬ

マーシャル門下の逸材ピグーの『厚生経済学』は1920年に出版されます。福田徳三は既にその『経済学講義』のなかで、「ピグーの厚生経済学研究に注目すべし」と言っておりました。福田は「価格闘争より厚生闘争へ ―殊に厚生闘争としての労働争議―」という論文を1921(大正10)年に発表しています。

厚生闘争というのは、「資本主義による必然の運命に任せないで、人為の政策によって資本主義による社会厚生の蹂躪を防ごうとするもの」とされています。福田は「此儘に放擲して置けば、即ち必然的運命に任せて置けば、資本増殖の勢は益々強烈となりて、人生の真正の厚生幸福は全く其の為めに蹂躪せらるる外はない」とし、「我々は…大勢に対抗せねばならぬ」と主張しました。

それでは大勢に対抗して何をなすべきか。

A 生存権の保障

「社会政策の出立点というのは生存権の認証と確保 である。それを実現することが社会政策の目的である」

(これは戦前の論文だから、憲法25条の生存権ではない。西沢先生の話ではおそらくワイマール憲法からの引用と思われる。これだけでもたんなる経済学にとどまらない福田の革新性が伺われる)

B 人格の支配する社会

福田は人格化政策ということを強調しています。社会を「物格(財産)の支配から人格(労働)の支配へ」と転換することを目標とします。そして「人格の拡張・充実・発展を可能にすること」を社会政策の理想的帰着点と設定します。

(どこかで聞いたせりふですね。そう、マルクスの労働疎外論・物象化論そのままだ)

2 福田の到達点 

福田は、その厚生経済学の理論的枠組をマーシャルやピグーから吸収しました。

しかし福田は、ピグーが個人主義・功利主義にもとづく「経済的厚生に分析の範囲を限定し」てしまっていることに疑問を抱くようになります。

そして、真の厚生経済は、個人主義・功利主義の伝統を引くピグーの定義や分析だけでは捉えられないと考えるようになります。

福田は、ピグーの厚生経済学は、その分析対象が経済的厚生の枠内にとどまる限り、「価格経済学」の一種でしかないと批判するようになります。

福田がそれに対置したものは、個人よりは「社会・公共を考える」という視点です。

福田の厚生経済というのは、「所得論中心の経済学」であります。それはホブソン、キャナン、ベヴァリッジの影響のもとに構想されたものでした。