By Jorge Martin and Patrick Larsen,

Who is Capriles Radonski?

赤旗の特派員報告が、なぜか野党候補を持ち上げるような書き方をしているので、気になって情報をあたってみた。

何かあるといつもお世話になるVenezuelanalysis.com というサイト。ここに

Venezuela: October Presidential Elections, Crucial for the Revolution

というレポートがあった。そこでラドンスキーという人物の経歴が掲載されていたので紹介しておく。

カプリレス・ラドンスキーはいまや社会民主主義者のように振舞っている。エコノミスト誌によると、「没収された資産を元に戻して、通貨統制を取り消して、憲法に反する規則を廃止するための漸進的アプローチ」をとっているとされる。

これは真実ではなくまやかしに過ぎない。

真実はこうだ。2002年4月のクーデターのとき、ラドンスキーはチャベス政権を妥当しようとした違法な連中の一味だった。

彼はクー騒ぎのあいだ、キューバ大使館に対する暴力行為に没頭していた。自らファシストの一味に加わり大使館の敷地内に乱入した。そしてキューバ大使に対し、隠れていると思われた「政治亡命者」を手渡すように迫った。

暴力分子は大使館員の車を破壊して、電気と給水を止めた。

その時、彼はカラカス市バルータ区の区長であったが、自らの地位を利用して暴力分子をかばおうとした。彼は「人は望むなら抗議することができる」と言い放った。これはビデオに残されている。

クーの失敗後、ラドンスキーはこれらの犯罪について一切訴追されなかった。しかし革命を支持する弁護士ダニロ・アンデルソンは区長としての免責特権剥奪と起訴立件に向けて動いた。

残念ながら彼の試みは2004年に切断された。アンダーソンはカラカスで自動車爆弾で暗殺された、そして暗殺者は決して見つからなかった。

ラドンスキーは現在「ソフト戦術」をとって、穏健派であるふりをしている。その理由は反革命がまだ全面攻勢に出るほどには強化されていないと判断したからである。

彼は穏健派の振りをしなければならない。チャベスの党と野党の間で動揺している有権者層をひきつけるために。しかしその有権者たちは、動揺はしているが、2002年の事件を許してはいない。