東方淑雄さんという方が、社会福祉論をめぐって大変面白い論文を発表されている。「社会福祉に関する経済学論争史―社会福祉はなぜ福祉経済学の論争の歴史を学ばなければならないか―」という題名で、名古屋学院大学論集 社会科学篇 第44 巻 第2 号(2007 年10 月)に掲載されたようだが、下記からネットでも閲覧できる。

http://www2.ngu.ac.jp/uri/syakai/pdf/syakai_vol4402_03.pdf

ただちょっと気になるのが、「第2次世界大戦前の日本の社会科学の理論領域では、すでにピグーの“The Economics of Welfare”が「厚生経済学」と訳されていたのであり,その訳語が1938(昭和13)年に創設された「厚生省」の命名の起源にもなる」との記載だ。

ピグーの『厚生経済学』は1920年に出版された。この本にいち早く注目し日本に紹介したのは福田徳三という学者だった。福田徳三については一橋大学の西澤保さんが懇切丁寧な紹介をされており、そちらを参照されたい。http://jfn.josuikai.net/josuikai/21f/59/nishi/main.html

“Welfare” を厚生と訳したのは福田徳三であったが、なぜ「厚生」と訳したのかはこの文章を見ても良く分からない。福田は「価格闘争より厚生闘争へ ―殊に厚生闘争としての労働争議―」という論文を1921(大正10)年の『改造』に発表したとあるから、30年に「厚生経済学」の日本語版が出る10年も前から、「厚生経済」という言葉は巷間に流布してはいた。

しかし、こういう「危険思想」は、太平洋戦争前夜の日本では払拭されていたと思われる。少なくとも発想の方向はマギャクだ。「福祉国家」Welfare State は時のカンタベリー大司教がナチス・ドイツに対抗して提唱したスローガンである。「ドイツは戦争国家:Warfare Stateだ。それに対して我々は福祉国家:Welfare Stateだ」と演説した。つまりまず「戦争国家」という言葉があって、それに対抗して一種の“語呂合わせ”みたいな形で生み出された「造語」なのである。

これに対し、「厚生省」の由来はどうか。ウィキペディアでは次のように書かれている。

厚生省は、陸軍大臣寺内寿一の提唱に端を発し、国民の体力向上、結核等伝染病への罹患防止、傷痍軍人や戦死者の遺族に関する行政機関として設置された。

「書経」の「正徳利用厚生惟和」から厚生省と名付けられた。
当初、「保健社会省」と命名する予定であったが、枢密院審査委員会において南顧問官が厚生とするよう提案したとされる。

書経といわれても良く分からないが、厚労省のホームページには以下のように書かれている。

厚生ってなに? この語源は、「正徳利用厚生」(書経)で、その蔡伝(さいでん)にあるとおり、「衣食を十分にし、空腹や寒さに困らないようにし、民の生活を豊かにする」という意味です。

ということなので、「生を厚くする」と訓むのでしょう。「厚くする」というのは、豊かにするというより大切にするというニュアンスではないでしょうか。「厚遇」するなどという表現もありますね。

もし当時の知識人にとって「書経」が共通の素養とされていたのなら、福田も同じ「書経」からWelfare の訳語を求めたのかも知れない。しかし昭和13年の時点において枢密院の顧問官を務める人物が、とうの昔に発禁本となっていたはずの福田の文章に通じていた可能性は、かなり低いと見るべきではないだろうか。

ただ厚生省の英語表記がMinistory of Welfare であることも間違いない。これは設立の当初からそうだったのか?それとも戦後に変わったものなのか?