昨日、ケニアに行ってきた人の報告会があったので、ついでにケニアの歴史をすこし調べてみた。とりあえずはほとんど日本語版ウィキペディアの孫引きである。

ケニヤの最大の特質は、その地政学的位置にある。周囲の国の名を挙げただけでも、その重要性が浮き彫りになる。

南スーダンはいまが旬の紛争国だ。エチオピアは20年前に空前の飢餓で有名になった。メンギスツ政権は国民が餓死していても内戦をやめなかった。ソマリアはいまなお国家の体をなしていない。最大の売りが海賊というのはなんとも悲しい話である。ウガンダは昔、怪物大統領アミンで有名になった国だ。その隣が100万人虐殺のルアンダ、コンゴもいまだに内戦が収まる気配がない。

これら国家に対応するための拠点がすべてケニアに置かれている。国連や欧州諸国にとってケニアは民主主義の防波堤でなければならない。今やナイロビは世界有数の国際都市だ。国際機関のマフィアが「援助村」を形成している。

こうした「産業構造」が、きわめて外圧に弱い政治構造を作り出している。下品な表現をするなら、「援交」漬けの「パンパン国家」である。日本と似ていなくもない。

感想としては、西側の優等生といわれてきたこの国が、内実としてはさまざまな問題を引きずっていて、真の民主化が急がれているということである。

しかもその民主化は、先進国の要求するような近代化ではなく、財の均等な配分と内発的発展を可能にするような政治・経済システムの確立である。

同時に、国内経済は奇形的で不均一ではあるが、それなりの発展を遂げており、そこそこの内需もあり、国民の経済統合が進んでいるということである。

したがって、多民族国家であるにもかかわらず国民統合は進んでおり、国を分断するような内戦に至る危険性は低いと思われる。2007年の大統領選挙をめぐる紛争は、ぎゃくにそのことを証明したものとも考えられる。

日本語の情報は、この2,3年間についてほとんどない。本当は英語情報に行かなければならないのだが、この暑さが邪魔をする。