昔から思うのだが、フロイトというのは精神医学から見れば異端に過ぎない。
たぶん、何にも診断・治療手段がなった頃の、精神病の「意味論」的解釈の一つだったのではないか。私は、「病気は何かの祟りだ」という「呪術」に近いと思っている。
しかし書店に行くと、あいも変わらずその手の本が並んでいる。しかも医学書コーナーではなく哲学・思想の書棚である。フロイトは精神医学論としてではなく、「人間論」として読まれているようである。学生時代のベストセラーはフロムの「自由からの闘争」だったし、その後はライヒでありマルクーゼだった。いわゆるフロイト左派である。
昭和40年というから、もう50年近くも昔の話だが、北大教養部の心理学の講義で最初に聞かされたのがフロイトだった。それから4年後に精神医学の講義が始まったが、そこではフロイトのフの字もなかった。
「お医者さんとして、フロイドについてどう思われますか」と聞かれても、「まぁあれはあれでいいんじゃないですか」と応えるしかないが、心の底では「そんなこと言わずにしっかりくすり飲めよ」と舌打ちしている。