文芸欄に昆虫学者の吉村仁さんのインタビューがあって、
「絶滅回避が進化の第一原理」と書いてあった。
面白いですね。

従来、競争で「強い個体」が選択されることが生物進化を推し進めると考えられてきた。ダーウィンの「適者生存」は、俗流学者により「強者生存」と読み替えられてきたのではないか。

吉村氏はこれに対し、「絶滅回避」の適応こそが進化の「第一原理」ではないかと提唱します。

「試験管の中で培養されるショウジョウバエのように、環境変化も絶滅もない条件なら“強い固体”の子孫が生き残ります。しかし実際の自然のように、環境変化も絶滅もある条件では、どの環境でも“そこそこ”適応し、他者と共存するものが、生き残るんです」

「人間も長期的な“絶滅回避”の条件を満たしたから、現在大繫栄している。ところが今度は人間同士の競争が強まり、“絶滅回避”が弱まっています。…人類全体が危ない」

なるほど、これは「社会ダーウィニズムに対する有力な反論となりうるかもしれない。“強者”生存ではなくて、“適者”生存なのだが、“適者”というのは、いい加減なところがなくてはならないのである。

強者は他者を排除するが、適者は他者と共存する
とも言える

絶滅回避のためには、“不適でなきゃぁいいだろう”位の“いい加減さ”が大事ということだ。ひょっとすると、“いい加減さ”を拒否するような“強者”は、“適者”ではないのかもしれない。