という訳で、条例はひどいものだが、反対運動の側の視点がどうもすっきりしない。
労働者の闘いになってしまっている。
これまでの闘いの流れからすれば、まず思想調査があって「これはあまりひどい」と各界の反撃にあって無条件撤退したものだ。
それにもかかわらず、またぞろ、それを変えて出してきたものだというところが最大のポイントだ。
この二つは一連のものとして考えなければならない。
つまり前回が「思想調査」だとすれば、今度は「思想の禁止」だ。だからこの条例は「思想禁止」条例として反対することが必要だ。
思想というものは、隠れキリシタンのようにひっそりと閉じこもるものではない。おのずからほとばしり出るものなのだ。だから思想の表現を禁止するということは、思想を禁止することと同じなのだ。

私がもし公務員だったら、このブログも禁止の対象となるだろうし、懲戒免職の対象となる。
それでもいいんですか? これを認めたら次はあなたですよ、そのとき反対できますか? と、市民に問いかけていかなければならない。