昨晩は、BSの「名もなく貧しく美しく」を嫁さんと二人で見て、ぼろぼろと泣いていた。

子供の頃に見たような見なかったような思い出があるが、昭和34年頃に作った映画としては、時代遅れの感がある。
たとえば「二十四の瞳」とか、「ひめゆりの塔」だったら、戦後7,8年だったから、みんな思いっきり泣いた。もちろん戦争と犠牲者への思いもあっただろうが、泣くことに飢えていた時代でもあった。

三益愛子の母物映画のポスターで「三倍泣かせます」といううたい文句があったのを憶えている。泣いた後は心が雨上がりのようにしっとりとして、ささくれが取れて、すがすがしい気分になる。心理学ではカタルシスという。本当に辛いときは泣いてなどいられないのである。

しかし戦後15年近くたつと時代の雰囲気は変わる。同じような映画を作っても、いささか食傷気味だったのではないだろうか。
この映画は聾唖者への賛歌ではない。ハートウォーミングどころか、相当塩っ辛い映画だ。ふつう、この手の映画では脇役が絵に描いた様な善人ばかりだが、この映画ではさほど善人らしき人物は出てこない。まさに昭和20年代のリアルワールドだ。
聾唖者をテーマにして、手話で話が進行するところは先駆的ではあるが、テーマが所詮古い、障害者をあしらっているだけではないか? ということであまり高い評価は受けなかったようだ。

ところが、これが今見ると意外に新しい。
当時はやたらと登場人物が死んでしまうことが不評だったようだが、団塊世代にとっては-周囲が結構死に始めている、人と会えば「あいつが死んだ」とか、「あいつがガンで手術した」とか、そんなことから会話が始まる集団-にとっては、きわめて現代的なシチュエーションなのである。

障害者のけなげな生き方が感動的、という受け止めでなく、もっと普遍的に「ころっと死んでしまう人間というちっぽけな生きものが、その生を懸命に生きるというのはどういう意味なのか」という問いかけが、心に沁みてくる。

難しくいうと、「死があるから生があるのだ。死があるから生が意味を持つのだ」という提起だ。それは今だからこそ心に響いてくるのかもしれない。
もうひとつは、その発展系であるが、「生とは死への抗いである」ということだ。面と向かってたたかうわけではない。運命は運命として甘受する。しかし、だからこそ、生は何の躊躇もなく、「生きるものの務め」として積極的、全面的に肯定される。
それは「死があるから生に意味を持たせなくてはならないのだ」という呼びかけにつながる。

昔の映画が絵も音もきれいになってリバイバルされているが、その多くは中身の古さがいかんともしがたい。しかしこの映画は、昨日作られた映画のように新鮮だ。幾百もの闘病記より、生きる力を教えてくれるこの映画を、多くの人に見てもらいたいと思う。