元の曲が変わるわけでもないし、演奏も変わらない。とすれば変わるのはこちらの事情でしょう。

その事情とは二つあります。一番は音楽鑑賞メディアが激変したことです。80年頃にCDが登場してLPにとって代わったわけですが、実はこれは干渉スタイルに大きな変化をもたらしたわけではありません。

基本的には値段が高いのは同じで、音源というのがお宝であることには変わりありません。

ところがその後のカセットテープは音楽鑑賞のスタイルを一変させました。音源は、場合によっては、ただで手に入るようになったのです。いまは流行らない言葉ですが、「ダビング」というのがキーワードです。

もう一つは音楽を聴く時の儀式が極めて簡略されたことです。レコードを聴くときの一連の儀式にはついては以前も書いたので省力しますが、カセットテープは文字通り「カセット・ポン」で終わりです。

これで、元手要らず、手間要らずで音楽が聴けるようになりました。ここからが「ながらリスニング」の始まりです。

カセットテープはあっという間に進化しました。時間は片面45分まで延長され、クロームテープ、メタルテープとテープが深い音を出すようになり、ドルビーでヒス・ノイズも解消されました。

いま考えるとカセットテープとMDはどちらが革新的な技術だったかと思い直さざるを得ません。

私はすでに昭和42年頃にソニーのオープンリールのテープレコーダーを持っていましたから、カセットテープの登場にはさほど衝撃を受けませんでした。むしろMDがデジタル(無劣化)であることと、圧縮という発想に大いに感じ入っていました。

しかしユーザーの発想から言えば、カセットテープとMDは機能的には同じアイテムでしかありません。CDの代替品であり、ある意味ではまがいものです。

この壁は技術的な壁ではなく、「著作権」という法律的な壁でした。それはお金の壁でもあります。

たとえば未完成の名演を聞きたいとしたら、解説書を見るとワルターがいいがクライバーも捨てがたいとか書いてあります。お金持ちならそれを買い揃えて聞き比べするのでしょうが、普通の人はそこまでは行きません。