我々の時代、万年筆は中学生の証しだった。
小学生ならランドセルだろうが、ランドセルにはあまり思い出がない。金がなかったから豚革のガサガサしたランドセルで、縫製もそれなりに悪かったから表革と裏革が剥がれて、子供なりに惨めな思いをした。しかしランドセルなどない子もたくさんいたから贅沢はいえない。
小学校4年生くらいになると、もうランドセルはぼろぼろで使いものにならない、だからみんなズックの肩掛けかばんに代わっていた。
中学に入ると帽子に詰襟にワイシャツだ。フルスカップという紙が配られた。見たこともないような上質な紙で、五線譜のような横線が印刷されていた。
これにペンとインクで「アイアム・ジャック・ジョーンズ、ユーアー・ベティー・スミス」と書くのである。
最初は興奮して練習したが、すぐに飽きた。あんなものは役に立たない。いまどき筆記体で書かれても読みにくくて困る。

そのうちみんなが万年筆を持ち歩くようになった。記憶があいまいなのだが、確かプラチナかセーラーだったと思う。パイロットはインク会社であって、万年筆の会社ではなかったように思う。

インディアン・インクというものあったが、あれは赤インキで、先生がマルやペケをつけるのに使っていたように覚えている。

最初はインク壷からスポイトで吸って、補充していたのが、途中からカートリッジ式になった。あれはプラチナのヒット商品で、これでプラチナは業界一位になったんではなかったかな?

とにかくカートリッジ式になってから、インクがボタっと落ちるのがなくなったから、非常に便利だった。それまでは濡れ雑巾をそばにおいていて、あったまってくるとそれで冷やしたりして使っていたものだった。

高校に入る頃にはだいぶ日本も豊かになっていたから、入学祝は舶来の万年筆と相場が決まっていた。

最初の流行はパーカー、ついでモンブランとなったが、さすがにシェーファーやペリカンを持つ生徒はいなかったように思う。

しかし私はもらった記憶がない。そのころは物心もついていたから、たぶんプラチナのほうが良いと思ったのではないだろうか。

そのころが万年筆のピークだったと思う。そのうちにBICのボールペンが出てきた。その後は三色ボールペン、そして水性インクのマーカー…
あっというまに万年筆は駆逐された。

いま考えると、昭和35年から40年というのが時代の変わり目だったんでしょうね。