道東勤医協というのはなんとも不思議な組織で、こんなにまとまりが悪い組織もないが、それでも不思議にまとまっている。全日本民医連の七不思議のひとつではないだろうか。

まとまりが悪いのは、始終ガチンコの論争をするからで、いい歳してつかみ合わんばかりのけんかだ。何とかまとまるのは、ガチンコ論争すると最終的には「正論」に収まるほかないからだ。

経営を守り、住民を守り、路線を守る、この三拍子がそろわないと道東勤医協は守れない。何せ情勢は厳しいから、どれかひとつだけがんばって一点突破しようと思ってもできるものではない。論争の出発点はたいてい一点突破主義だから、詰めていくとかならず矛盾が出る。

こういう論争はどちらも一理あるから、どちらが勝つとか負けるとかいうことにはならない。つまりは疲れてやめるのである。疲れてやめるだけだから、疲れがとれたらまた始めるのである。ただ休戦に当たって、お互い確認することがある。「とにかく闘うしかない」ということである。

道東は厳しい、産業も厳しい、住民は苦しい、だから勤医協も苦しい。これは日本が厳しくなっているからだ。いまの日本という国は、トヨタ、三菱、住友などの大企業を中心にバウムクーヘンみたいにできている。その皮のところから日本の一部が剥がれ落ちようとしている。

大企業は地理的な田舎も、階級的な下層階級も、年齢的な年寄り階層も日本の縁だと思っているから、核心的な利益を守るため、それらを切り捨てることに躊躇しない。しかしこれはとんだ見当違いだ。人間は皮がなかったら生きていけない。吉永小百合やXXさんが美人なのは皮の出来が良いからだ。大脳から皮質をとったら残るのはカスばかりだ。

大企業は追い詰められている。だから、皮膚を剥いで体中から血を噴き出してでも自らの利益を守ろうと、狂気の沙汰に踏み出している。しかし民衆はそれを許さない。

フランスでもギリシャでもドイツ最大のウエストファーレン州でも、民衆は大企業の論理を拒否した。中南米ではすでにもうひとつの世界を目指す諸国連合が形成されている。「成長と雇用」が世界の合言葉となっている。日本もすでに巨大な過渡期に突入している。

ただがんばるのではなく、がんばった先の未来が見えるから道東勤医協はがんばれるのだし、まとまれるのだ。