人工知能の恐怖ということではパワステも極めて恐ろしい。
実は私はこれまで3回接触事故を起こしている。
ひとつは駐車中のタクシーの急速発進と車線進入、ひとつは仕出し屋のパートのおばさんの軽トラの突然の右折で、両方とももらい事故だが、もうひとつはこちらの100パーセント過失である。
いまから20年ほど前、いわゆるスタッドレス元年の冬だった。夜10時頃、病院勤務を終えて帰る途中だ。
いやな予感はしていたのだ。月が寒空に冴えて、3車線の広い道路は街頭の灯りに黒々と照り渡っていた。赤信号のたびに車は滑りつつもかろうじて踏みこたえていた。
しかしいくつかの赤信号の後、最後の赤信号はもはや許さなかった。時速20キロのノロノロ運転をしながら100メートル先の信号を見届けてブレーキを踏んだ。
その瞬間4つのタイヤはスケートになった。同時にエンジンは切れた。エンジンが切れるということはハンドルがロックするということだ。恥ずかしながら、そのことを、そのとき、初めて知った。
わきの雪だまりに突っ込もうとしたが不可能。クラクションもならない。流行の言葉で言えば「全電源喪失」である。
前方には信号待ちの乗用車が1台いた。そこに向かってまっすぐ車は突っ込んでいき、ぶつかり、とまったのである。
幸いなことに相手の車は物損ゼロ、ドライバーも無傷であった。感覚としては公園の池でボート同士がぶつかったときと同じだ。

機械を信じるのは怖い。しかし機械を信じよ、と強制されるのはもっと怖い。

とはいっても、もはやパワステなしには生きていけないだろう。ほかに選択肢も与えられていない。パワステがいやなら運転をあきらめるほかないのである。

この点に関してはその後ABSという装置が開発された。これも制動距離が延長して結構怖いのだが、最大の良いところは、エンジンストップ・ハンドルロックという最悪の状況が避けられるようになったことである。

とにかく人工知能とか、人口制御という手法には重大な落とし穴がある。そこをどうふさいでいくのか、重大な課題である。