財政危機、財政危機というが、「そもそも財政ってなんだろう、何のためのものだろう」ということが議論の出発点に座るべきではないでしょうか。

以下に私のホームページから、2008.08.01の更新記録を再掲します。


 JICAのホームページを見ていて、面白い一節に出会いました。

 財政の基本的な機能として、(1)開発に必要なインフラ整備などの公共財を供給する「資源配分」機能、(2)累進課税や社会保障給付を通じた所得「再分配」機能、(3)景気変動を緩和する「安定化」機能、に着目します。
  工業化の過程では、産業インフラ(工業団地など)輸送インフラ(道路、港湾)、電源インフラ(発電所、送変電設備)などが重要な役割を果たしますが、これ らをどのように供給するか、ということと同時に、そのために必要な資金をどのように調達するか、ということも重要な財政課題です…

これは途上国の開発援助における財政政策の意義に触れた一節です。しかし日本においても政策の核となる部分では共通しているものと思います。ここで注目したいのは、我々が従来言ってきたような所得の再配分機能は、財政機能の一部に過ぎないということです。

財政とはまず何よりも、「何に、どう、どのくらい使うか」、「そのためにいくら必要か」ということを前提にした戦略体系です。財政というのはもっとダイナミックな、機動的なものとして捉えなければなりません。

つまり財政政策を考えるにあたっては、今がどういう時期なのか、財政出動期なのか、財政調整期なのかという判断を抜きに是非を論じることは出来ないということです。もうひとつは、財政は産業経済の発展に資するために存在するという根本を忘れてはならないということです。

…工業化の過程では、産業インフラ(工業団地など)輸送インフラ(道路、港湾)、電源インフラ(発電所、送変電設備)などが重要な役割を果たしますが、これらをどのように供給するか、ということと同時に、そのために必要な資金をどのように調達するか、ということも重要な財政課題です…

戦後日本も急成長の過程で常に資金不足に悩まされてきました。需要と供給にミスマッチが生じ、財政調整を余儀なくされる時期もたびたび経験してきました。それがバブル期を経て逆転し、過少消費と需要減少に悩まされるようになりました。これはある程度は必然の結果ですが、行き過ぎが生じています。例えば社会保障の過度な抑制です。

その結果、本来は正当な需要も潜在化しています。あいつぐ孤独死や孤立死、一からげにして言えば貧窮死の報道は、本来最低限の生きるという要求、それに基づく需要さえも押さえ込まれていることを示しています。

財政政策のいま採るべき道は、これらの需要を喚起し顕在化させることではないでしょうか。それは景気変動を緩和する「安定化」機能ともかかわってきます。

すなわち財政はいまこそ出動期なのであり、決して調整期ではありません。もちろんない袖は振れないわけですから、財源問題は避けて通れません。その観点から一つのオプションとして消費税を俎上に上げ、その得失を計ることは根拠があります。

しかし財政危機を根拠に増税するのは、今の時点では愚の骨頂というほかありません。