とりあえずまとめ的感想を述べておく。

97年不況は二つのフェイズに分けられるし、分けて考えなければならない。第一のフェイズは4月の9兆円負担増と公共投資の削減に端を発しており、需要の冷え込みと相対的過剰生産を特徴とする不況だった。

第二のフェイズへの移行ははっきりしないが、市場不安に対する金融出動の遅れによりもたらされており、11月の山一、拓銀倒産を契機に不良資産問題が景気回復の足かせとなる構造不況へ移行していく。

ボクシングにたとえると、それまで優勢に進めていた選手が左フックをテンプルに食らい、ファースト・ダウンを喫したのが97年4月。そのあと弱点のボディーに次々と有効打を打ち込まれ、グロッキーになって行くのが第二ラウンドだ。

バブル崩壊を機に始まった「平成大不況」に対する数十兆円規模の財政出動と多額の公共投資は、この時点で無駄になってしまった。

企業はみな内向き思想に変貌し、自らの保身に汲々とするようになり。国内投資はハイリスクとして敬遠されるようになった。97年の橋本改革はたんに深刻な不況をもたらしただけでなく、政府の財政政策への不信を募らせ、日本経済のあり方に深い傷跡を残したといえる。


Ⅰ 97年不況はたんなる景気後退局面だったのか

山家さんは権丈教授とは逆に、95年から96年の経済動向は、97年がさらに成長を遂げる筈の年だった事を示している。バブル崩壊後の「平成大不況」は93年末には下げ止まり, 95年からは「回復過程」に入っていた。96年度の名目成長率は3.4%を達成し、『経済白書』は、「日本経済は自律回復過程への移行を完了しつつある」と述べた(古川)。

市場要因を見ると、人手不足や設備不足からくる物価上昇などまったく発生しておらず, 過剰在庫の発生も見られなかった.市場には後退局面に入る兆候はなかった。金融政策は、この期間においては不変(ゼロ金利)のままであり、景気に影響を及ぼしていない。

海外要因を見ると、 9 6年までの円高が、 9 7年は一転して円安に振れた。それまでの輸出抑制と輸入の増加による経済成長への圧力は一気に取り除かれた。アジアの経済危機の影響が日本の輸出の落ち込みをもたらすのは 9 8年のこととなる.

こうして見ていくと、逆に、山部さんの結論は財政再建を行うチャンスではあったということになり、問題はその規模・方法ということになる。

ただ、ここまで手放しに賞賛してよいかという点では有力な異論もある。愛知淑徳大学の竹村先生は、「バブル崩壊不況」に対する公的資金34兆円、円高対策21兆円(95年)の投入と公定歩合引き下げで持ち直した、いわば「カンフル景気」にすぎなかったと評価している。

Ⅱ 何が景気低下に寄与したか

上記を考えれば、GDPを比較するのではなく、GDP成長率の変化を見なければならないということになる。GDP成長率は96年が3.4%で97年が1.8%であり、1.6%低下したことになる。この成長率低下に何が寄与したかを見なければならない。なお97年第Ⅰ四半期が駆け込み需要で、第Ⅱ四半期がその反動の低下として相殺されたと考えれば、年度で単純比較するのは妥当であると考えられる。

部門別で見ると、家計部門(消費と住宅投資)がマイナス1.8%で最大である。政府部門(公共事業)は1.6%の減少である。企業部門の需要はむしろ伸びを高めている。

権丈教授の主張する政府部門支出は一位ではないし、民間企業部門の増加とトレードオフされている。それがそもそも公共事業の呼び水としての役割である。パラレルだからと言って因果関係を意味するものでないことは、教授自ら強調されている通りである。(もちろん、この不況には「二番底不況」という側面もあり、そう単純に言い切れるものではないこともたしかではあるが…)

北村洋基氏は、このあたりの経過をもう少しダイナミックに描写している。

消費の減退が生産とのバランスを一挙に崩して過剰生産に陥った。設備の過剰と雇用の過剰, 債務の過剰が顕在化した。いったん減少に向かった不良債権が一挙に増加した。

 

Ⅲ 何が不況を深刻化させ長期化させたか

もっとも影響が大きかったのは政府の見通しの甘さと対応の遅れである。竹村教授によれば、

政府・日銀は、「資産価格の鎮静化は、景気に対して影響がないわけではないが、過度に恐れる必要はない」との見解を示し、「バブル経済」崩壊の影響を軽く見ていた。加えて当時の橋本内閣は、平成9年度に入っても、「景気の上昇局面が継続している」と誤った判断をしていた。

という。

かくして始まった政策不況が長期化し、「二番底不況」として深刻化するについては、他の要因も少なからず関連している。その中で特に大きいのは金融の機能不全である.山家さんはそのメカニズムを以下のように説明している。

 

この改革と景気とのかかわりが生じた順序はこうである.

① 1 9 9 7年5月を山に景気は後退期に入った.

② そこにアジアの金融危機が重なった.

③ その下で, 株価が低下の度を強めた.

④ そうした一連のことの結果, 金融機関の抱える不良債権問題が再燃し.

⑤ 経営の危機に遭遇した大手の金融機関を救済せずに放置した.

⑥ そのことが, 一部の金融機関の経営の危機を,金融機関全般の経営危機へと深刻化させた.

⑦ 金融危機は数多くの企業の資金調達を困難化し,景気後退を深刻化させた.

 

なお古川氏はこれに加えて、「金融システム改革」(金融ビッグバン)の影響を強調している。

 1998年4 月実施予定のビッグバンめざして不良債権の早期是正処置がもとめられ、それが出来なければ格付け会社から投資不適格の烙印を押された。

9兆円も持っていかれて世間が金詰りになっているのに、銀行が貸し出しできなくなったわけだ。とくに中小企業に対する貸し渋り(クレジット・クランチ)は、不況の深刻さを一段と深めた。

マイナス成長に陥った1998年については下記のごとく記述されている。とりあえず紹介だけしておく。

① 家計部門の需要の落ち込みが1 9 9 7年を上回る。所得が減少し将来不安が高まる。

②企業部門の需要も大幅な前年比減少

③輸出もまた減少。円安だが、アジア向け輸出の落ち込みが影響