医療関係者がTPPに関するシンポを開催した。
その中で注目したのは保団連の住江会長の発言。
医療の公定価格制度が「自由な競争を阻害する」とされかねない危険性を指摘したとある。

いわゆる「毒素条項」の本質は、「自由契約原理主義」にある。しかしこれはアメリカの、しかも大企業の論理であり、「新自由主義」そのものである。

ILOはもとより、これまでのGATTやWTOの基本精神とも相容れない「強者の論理」である。

我々が目指すのは「法の下での平等」であり、「契約の下での平等」ではない。契約の前提には法の下での平等は含まれていない。「人身売買」も、「ヤミ金融」も契約は契約なのである。

だから契約には、法的見地から規制が加えられなければならない。その契約が公的性格が強いものであればあるほど、規制も強力でなければならない。そうでなければ社会が崩壊してしまう。

すなわち共同体の論理は私契約の論理に対して優越的地位を持つのである。そのことを前提にして、両者が共存共栄できるようにするのが国家の政策であり、実体的には憲法を頂点とする法体系なのである。

TPPはごく表面的なメリット・デメリットの議論でも有害無益なものだが、TPPを支える思想・原理の面から見ても人類社会の進むべき道を踏み外している。

日本の医療は自由開業医制を基盤として発展してきたといわれる。たしかに医療の効率はきわめて高い。しかし、戦後の医療の流れを決めたのは開業医制ではなく、国民皆保険制だ。


これは60年代後半の「医療社会化論」との論争を通じて確認されてきたんですが、もう昔のことでだいぶ忘れてしまいました。
一度おさらいをしてみる必要があります。