最初に、「世界政治」の紹介した時嫌な感じがしたんですね。またも泥沼だぞ、と。
案の定でした。

とりあえず、感想めいたことをひとつ、2つ。

①日本における情報量のすごいこと、ほとんど英語文献には手をつけていないのに、これだけの量です。我らが高林先生の「西アフリカ研究室」の情報には圧倒されますが、それだけではなくネット上には多数のすぐれた文献がアップされています。Wikipediaも充実しています。
これだけあると、突き合わせが可能になるので、相当精細な経過が追えます。
参照したネット文献は下記のとおりです。

(西サハラ問題研究室:高林敏之)

35年の占領:西サハラ人の抵抗キャンプをモロッコ治安部隊が弾圧 ...

このビデオはぜひ見るべきです。解説者は本質を見事に捉えています。

ポリサリオ戦線 - Wikipedia

西サハラ - Wikipedia西サハラ問題 - Wikipedia西サハラ

西サハラ:アフリカ大陸基本情報

西サハラ

スペイン領サハラ

モロッコ解放軍

ハラカト・タハリール  

ゼムラ蜂起  

西サハラ (サハラ・アラブ民主共和国) 

ディプロ2006-1 - Inextricable, le conflit du Sahara occidental rebondit 

地誌Wiki - 西サハラ


②「西サハラは東チモールと同じだ」と言われていますが、重要な違いがあります。それはモロッコはインドネシアではないということです。
アメリカはアジア債務危機の際、スハルト政権を見殺しにしました。当時新聞は民衆蜂起が成功したと書きましたが、沖合いには沖縄の海兵隊を満載した第7艦隊が上陸準備していたことには触れませんでした。
一方、「アラブの春」で、本来なら真っ先に倒されなければならないはずのモロッコ王制は、民衆の抗議などどこ吹く風、我が世の春を歌っています。
だいたい「英明な君主」なんていうのは「硬い豆腐」と同じで形容矛盾です。もし英明な君主なら君主制など廃止するはずではありませんか。(丸い豆腐はありますねぇ)
正直いって私も、2009年の「インティファダ」は今回はじめて知りました。ちゃんと赤旗読んでいたはずなんだけどなぁ。

③重要なもう一つの違いはアルジェリアというバックの存在です。アルジェリアがあったからこそ、ここまでやって来れたのですが、この先もこのままで良いとは思えません。
せっかくモロッコから独立してもアルジェリアの属国になってしまったのでは意味がありません。70年代の戦闘を指導した人々ももう60歳台に入るはず、キャンプで生まれた人ももう30歳を越えてきます。90年代末にコロンビアのFARCが社会復帰のチャンスを逃したのも、あまりにも長くゲリラ闘争を続けてきたからです。
とにかく今のままでは闘えないのは事実です。大事なことは闘うことです。人々の生活する現場で人々と共に闘うことです。
トップが筋をつらぬくことと、30万の難民に「帰国して祖国で闘う自由」を与えることは、矛盾しないと思いますが…

④これはちょっとオタクめいた感想になりますが、「砂の壁」の有効性です。これまでゲリラ戦では「戦略村」が最も普遍的な対ゲリラ作戦でした。ベトナムはこれでだいぶ苦労しましたが、トンネル作戦でこれを乗り切りました。
戦略村とトンネル作戦(あるいは塹壕作戦)は朝鮮戦争から最近のメキシコ麻薬戦争まで拮抗してきましたが、これからは万里の長城作戦が復活していくのでしょうか。