資本論第三部 第31章 貨幣資本と現実資本Ⅱ

マルクスはヒントだけを与えている。

資本主義生産様式から「結合された労働の生産様式」への移行の時期に、信用制度が有力な槓杆として役立つであろうことは、何の疑いもない。

とはいえ、それはただ、生産様式自体の他の大きな有機的諸変革と連関する一要素としてでしかない。

生産諸手段(私的土地所有をふくむ)が資本に転化することを止めるやいなや、信用そのものはもはや何の意味ももたなくなる。

他方、資本主義的生産様式が存続する限り、その諸形態の一つである利子生み資本も存続し、そして実際上、その信用制度の基盤を形成する。


この「結合された労働の生産様式」というのがよく分からない。

草稿では「全般的かつ直接に結合された労働の結合された生産様式」と書かれたあと、簡略化されている。

なおのこと分からない。

ドン・キホーテに付くサンチョ・パンサのごとく、我々としてはとにかく分かる範囲で解釈するしかない。

資本主義生産様式のあとに来る、新たな生産様式だとは推測できる。しかし我々が日常的に使う社会主義とか共産主義と同じなのか、同じであるのならなぜそう言わなかったのかが分からない。

とりあえず、理由は分からないが「共産主義生産様式」と同じだと考えておこう。

マルクスは3つのフェーズに分けて論じている。

①資本主義の時代には利子生み資本が存続し、信用制度の基盤を形成する。

②移行の時期には、信用制度が有力な槓杆として役立つ。

それはただ、生産様式自体の他の大きな有機的諸変革のための槓杆でしかない。

③共産主義生産様式では、信用そのものはもはや何の意味ももたなくなる。

生産諸手段(私的土地所有をふくむ)が資本に転化することがなくなるからである。

③の話はよく分からないが、当面我々が興味があるのは移行期の話である。

「大きな有機的諸変革」というのは社会主義革命のことだろうか。そうだと仮定すれば、話はそう難しいことではない。

つまり生産力を限界まで加速させることにより、過剰生産恐慌を促すということである。

ただ、移行の時期という表現はそれにとどまるものではないのかもしれない。

資本主義から社会主義への移行期に一定の幅があるとすれば、その時期において信用制度はどのような性格を付与されることになるのだろうか。

この時期において肝腎なことは革命を起こすことではなく、「労働時間の節約」である。それにより「結合した労働」の生産様式を準備することになる。

そういう視点から読むと、サン・シモン的な構想の批判的摂取も必要になるのかもしれない。