12月6日の記事で、イタリアの共産主義再建党と韓国の統合進歩党について紹介した時、「いずれ少し調べた上で紹介する」と書いた覚えがある。そのあとイタリアの共産主義再建党についてはレビューした。ついでにスペンの統一左翼についても調べて紹介した。

韓国については、「来年の総選挙に向け、左派三党が「統合進歩党」を発足させた。昨年6月の地方選での合計得票率は14%で、台風の目となる可能性がある」という赤旗記事を引用した。

同時に、「ここ数年は内部分裂から停滞を繰り返し、民衆の期待を裏切ってきた。とくに韓国の場合は北との関係が背景にあるだけに、再建はむずかしいと思っていた」という感想を述べておいた。


韓国の統合進歩党はなかなか難しい。果たしてこれが前進といえるかどうかも分からない。むしろイタリア共産党が左翼民主党と名を変え、さらに旧保守系のキリスト教民主党の一派と結び、民主党へと姿を変えていった経過に似ていなくもない。

むしろ、民主労働党との合併を拒み左翼政党として生き残りをかけた進歩新党の方に何故か共感を覚えてしまうのである。

韓国の民主運動に関してはやたらと情報量が多い。とにかく在日の人がせっせと紹介してくれるので、ちょっとまじめにやると、たちまち情報の山に埋もれてしまう。その中で窒息してしまっては文章を書くひまがない。さりとてこれだけ情報が多いとうかつなことは書けない。

という訳で、ぼちぼち書き始めることにするが、完成させる自信があまりないので、とりあえず結論めいたことから書くことにする。

(1)結局はPDと主体派の闘いだ

今から1年前、社会労働党と進歩新党との再統合の動きが始まった。2つの党はもともと4年前までは一つだった。それが07年12月の大統領選挙で社会労働党が惨敗したことから、その総括をめぐって2つに割れた。

最も重要な違いは北朝鮮の評価である。もともと社会労働党は民主労総という労働団体がスポンサーになって作られたものだ。左翼系人士なら誰でもいらっしゃいというふうな雰囲気がある。そこに学生運動出身の活動家が大挙して流れ込んだ。

学生運動の主流派は、金日成の「主体思想」を奉じる連中だったから、社会労働党の執行部は「自主派」と呼ばれる親北派が握ることになってしまった。

これに対し学生運動の非主流派は民族解放・民衆民主主義革命を唱えたことからピープルズ・デモクラシーの頭文字をとってPDと呼ばれる。

ただ民労党内の「平等派」はPDのみならず、「自主派」に反感を持つ人々の集まりだったから、同床異夢の趣があった。

08年、民労党を飛び出した人々によって進歩新党が作られたが、北朝鮮に対する態度を除けば、民主労働党との違いはなく、「スター政治家」の人気に頼るほかない弱小政党だった。両者とも民主労総の支援を当てにせざるを得ない労組依存の体質を持っていた。

(2)「統一」の背景には民主労総の右傾化がある

民主労総は軍事独裁政権下にあっては非合法であった。御用組合のセンターである韓国労総が公認され、民主労総は地下で活動を進めざるを得なかった。

しかしその中で民主労総は力を蓄え、現代自動車など大手企業の労働運動の主導権を握るようになっていった。そして今では韓国労総をはるかに凌ぐ組織率を誇るまでに至っている。

それとともに、とくに大企業労組においては体制化しつつある。かつて「昔陸軍、今総評」と呼ばれていた頃の大田・岩井ラインを思い出せば分かりやすいかもしれない。

ここからさきは私の勝手読みだが、民主労総としては政権交代可能な野党を作りたいのではないか、労組の幹部がやがて議員になり大臣になれば、労組としても誠に都合が良い。

今回の「統一」は単なる左翼の一本化ではない。民労党は進歩新党との統合だけではなく国民参与党との合併も同時に進行させている。こちらはかつての盧武鉉与党の生き残りグループだ。リベラルではあるが基本的には左翼ではない。

その先に見えるのは、現在の第一野党である民主党に取って代わる政権の受け皿ではないだろうか。

(3)6月新党合意の非常識

私達にとって、東アジアの最大の問題は、間違いなく北朝鮮の核武装問題である。北朝鮮の核武装をやめさせることは東アジアの平和を目指す上で避けて通れない課題である。

さらに科学的社会主義を奉じる左翼政党としては、北朝鮮の三代世襲の問題もゆるがせにできない。天皇家や大王製紙の一族がそういう論理を持っていたとしても、とやかくいうつもりはないが、私達はそういう集団ではないはずである。

そのことを前提にして6月新党合意の文章を読んでいただきたい。

合意内容: ①北朝鮮に対して強まる米国と南韓の圧迫と、北朝鮮の核開発などによる朝鮮半島の軍事的な対決状態を克服し、恒久的な朝鮮半島および東北アジア平和体制を構築する。
②朝鮮半島非核化、従属的韓米同盟体制の解体、駐韓米軍の段階的な撤収、休戦協定の平和協定への交替、南韓の先制的軍備の凍結と南北相互の軍備削減、東北アジア多者安保体制の構築などを積極的に推進する。
③『北の権力継承問題は 国民感情として理解し難く、批判的な立場を明らかにしなければならない』という見解を尊重する。

これでも進歩新党に配慮した表現なのだそうだ。社労党の本意は北の権力継承は間違ってはいないが、いちおう「批判」も承っておきます、ということであり、北朝鮮の核武装は平和体制構築後に韓国側の出方を見ながら決めれば良いことなのだ。

進歩新党が社労党を飛び出した時と何も変わっていない。併合するいわれなどどこにもない。あるとすれば民主労総筋の圧力と進歩新党の幹部党員のオポチュニズムだけだ。

結局、この合意案は9月の進歩新党大会で否決された。指導者風をふかしていた幹部は、党を離れ「統合連帯」を組織し、社労党へと擦り寄っていった。

(4)進歩新党はどうなるか

民労党から進歩新党が分裂した時、進歩新党と運命を共にした人もいるし、組織原則を守りながら民労党にとどまった人もいるだろう。民労党結党時に、これを朝鮮共産党の衣鉢を継ぐ前衛党と受け止めた人も少なくないはずだ。そのどちらが正しいといえる立場にはない。

新党結成と時を同じくして進歩新党は新たな党代表に洪世和(ホン・セファ)を選出した。4290人が投票し、賛成4194、反対68、無効28で98.4%の高い支持を得た。みすず書房の紹介によれば、洪世和の経歴は以下のとおりである。

洪世和: 72年、ソウル大学文理学部在学中に「民主守護宣言文」事件で除籍。その後復学し卒業後、「韓国民主闘争国民委員会」(民主闘委)、「南朝鮮民族解放戦線準備委員会」(南民戦)に加わる。79年10月の南民戦事件によりパリ亡命。02年1月、韓国にもどりハンギョレ新聞社企画委員。
亡命中に書いた『コレアン・ドライバーは、パリで眠らない』は、韓国で大きな反響を呼び起こした。

レイバーネットに洪世和とのロング・インタビューが掲載されているが、正直何を言っているのか分からない。「良い人らしい」ということはわかった。多分みんなこんな印象でしょう。

多分この人に結果を求める人はいないでしょう。「結果オーライ」型の指導者にはもう飽きたということです。もちろん結果も大事ですが、一番は筋をつらぬく党、「正義の味方、真実の友」でしょう。