再結集の動き

1994年に「第1回アラブ・ナショナリスト-イスラム主義者会議」が開催された。それはアラブ民族主義者知識人の国家からの決定的な離脱がもたらしたものと考えられる。

それはまた、アラブ・イスラム主義者が1970年代後期と1980年代に味わった楽天主義が、結局は流産に終わったという認識の結果でもあった。

たしかに、1979年のイランでのイスラム革命の勝利をきっかけとして、アラブ世界の至る所で、イスラム政治勢力は著しい増強を遂げた。それはアラブの政治的・知的集団にも新たな方向性を示唆していた。

しかし、結局分かったことは、1979年の勝利を繰り返すのは難しいということである。

もうひとつ重要なことは、イスラム主義者は民衆のあいだで多数派となったが、アラブのエリートの中での影響力を欠如しているということである。イス ラム主義は、イラン以外の大部分のアラブ諸国では、支配層内部に共感を呼び起こすことに失敗している。このことが、政治的な行き詰まりを打破し、民主主義 への転換過程を成功させることができなかった主な理由である。

アラブ民族主義者とイスラム主義者との再結集は、イスラム主義プロジェクトの合法性を強めた。イスラム主義者は表現のベースを広げることができた。

会議の成功が明らかにしたことは、両者がまた、アラブ社会の直面する深刻な課題について明確に意識しているということである。

両者はともに、中東和平交渉を通じて、アラブ市場の世界経済への統合を通じて、アラブ・西洋関係の緊張強化を通じて、アラブ社会が世界の恐るべき挑戦を受けていると自覚している。

しかしもちろん、アラブ民族主義者とイスラム主義者の緊張の歴史がこれで終わったわけではない。

会議では、積年の対立のにがい遺産はほとんど全て避けられたけれども、アラブの政治的・知的生活の地平の底深くに、自覚されない疑念は依然尾を引いている可能性がある。

新たな章

アラブ民族主義者-イスラム主義者の関係再構築が始まった。しかし、本気の取組となっているわけではない。まだ手探り状態にあることは明らかである。

い ま激しく政治戦が続いている諸国家においても事情は同じだ。理論上の共通フレームワークを考案することも、本気でとり組まれているとは思えない。民主主義 のあり方の問題、信仰の場を社会と政治の中でどう位置づけるかの問題などで、改革の道筋をどう示していくのかが問われている。

しかし、アラブ民族主義者とアラブ・イスラム主義者の会議は、現代のアラブ歴史において新しい章を開けたことも間違いない。多くの点で、イスラム主義とアラブ民族主義は、アラブの政治的・文化的な流れのなかで最も強力な運動であったし、ありつづけている。

いずれの陣営も、現実にはアラブ国家の権力を握っているわけではない。たしかにその通りではあるが、しかし、社会での、市民組織での彼らの影響は疑いなく強大である。

ここ数十年の間に、アラブの文化的システムにおいては多様化が進行している。そのために、民族主義とイスラム主義は、もはやアラブ人の思想世界における独占的権威とは言えなくなって来ている。

しかしながら、そのことは彼らの存在の重要性を減弱するものではない。アラブ世界の政治と文化の将来を見る上で、彼らの再結集の意味は問われ続けなければならない。

半世紀以上にわたって、アラブ人には堅固な、耐久性のあるコンセンサスが不足していた。政治的なプロセスが通常に進行し、政治的な安定性が定着することを目指してコンセンサスを形成しなければならない。

まだあまり明白でないけれども、イスラム主義者-民族主義者の再結集はそのようなコンセンサスを開発するために大きい意義を持つだろう。


元の字数の2,3倍に膨らんでしまいました。アル・ジャジーラの読者にとっては常識的な事実でも、われわれにとっては解説が必要な場合がけっこうあります。

また1994年の会議の意味をいまなぜ強調するのかが良く分からないところがあります。

そうかなるほどと納得したのは、イラン革命後の運動に反省を加えていること、イスラム主義者も現下の厳しい国際環境を踏まえて政治にアプローチしていることです。

原理派の妄動とは別に、イスラム主義の主流派は確固とした姿勢を確立しつつあること、それは民族主義とも接点を持つ可能性があること、ただ過去の行きがかりなどもあることから、少し長期的に見て行く視点が必要なことがわかりました。