…と思ったら、実際に藤島武二と与謝野晶子とのあいだには親交があったようである。

http://d.hatena.ne.jp/shinju-oonuki/20100314にはこう書かれている。

藤島武二:画、与謝野晶子『みだれ髪』(新詩社、明治34年)の表紙絵についてさまざまな推察があり、中でも『みだれ髪』が刊行された後に描かれた藤島の代表的作品「蝶」との関連性については、すでに指摘されている。

「乱れ髪」といえば、「やわ肌のあつき血汐にふれもみでさびしからずや道をとく君」という、今でもゾクッとするようなあの歌集である。

「乱れ髪」には装丁についての説明があり、「この書の体裁は悉く藤島武二の衣装に成れり表紙みだれ髪の輪郭は恋愛のハートを射たるにて矢の根より吹き出でたる花は詩を意味せるなり」と記されている。

ということで「蝶」という絵はこれである。これも1904年の作品である。


この年、日露戦争が始まり、非戦論が高まり、邦訳「共産党宣言」が発行されている。ハーグの国際反戦会議では日本の片山潜とロシアのプレハーノフが握手を交わしている。
しかしこの後、反動の時代がやってくる。藤島は40歳という遅めのパリ留学を果たし、権力とアカデミズムの方向へ舵を切り替えていく。