チリ学生の改革要求運動の柱

3日間かけて、チリ学生の闘いの経過を見てきました。いくつかの感想を述べます。この闘いには三つの柱があるようです。

この三つは、たんなる事象の説明ではありません。実際に闘いの過程でいやおうなしに、団子三兄弟のように串刺しになって、出現してくるのです。

 

1.運動の基本は教育制度の抜本的改革

実は、チリの教育制度は軍事独裁政権の制定したものがそのまま続けられているのです。まずそのこと自体が大問題です。

ピノチェト将軍は、学生なんてみんな敵だと思っていましたし、インテリは嫌いです。それに教育などというものに金をかけるのも馬鹿らしいと思っていました。

民主化の声に圧倒されて、89年に退陣を余儀なくされるのですが、その直前にイタチの最後っ屁のように、教育基本法を改悪させました。

これにより、「公教育は国営から自治体の管理へ移行された。その結果、教育も市場原理に基づく学校ビジネスが基本となり、教育の質の低下を招いた」(ウィキペディア)のです。

こうして金のあるなしで差別される制度が出来上がったのですが、民主化の後も歴代の政権はこの制度に手をつけようとはしなかったのです。なぜなら新自由主義経済支持という点では、ピノチェト政権と同じだったからです。

これだけでもひどいのに、2010年から保守政権が発足すると、さっそく「教育改革」に手を伸ばしてきました。どこの国でも右翼は教育介入がお好きなようです。

政府の教育制度改革案は、①校長への解雇権付与、②高齢教師への退職勧奨、③入学試験の点数で教育学生の待遇を差別、④採用試験の点数で教師の待遇を差別、などひどいものです。

教育というのは経営主義的な発想に最もなじまない分野でしょう。だからこそ、彼らにとっては目障りでしょうがないのでしょう。だから学校を会社のように、経営の論理に従って運営したいということなのでしょう。

まさかこんな法案は通らないだろうと思ったら、それまでの与党も賛成して、あっさりと成立してしまいました。これが今年3月のことです。

 

2.より広くは、公正と平等を求める闘い

運動はこの国が一貫して進めてきた新自由主義経済システムの残忍さを告発し、公正と平等を求める闘いともなっています。それはウォール街乗っ取り行動とも通じるものがあります。

チリの教育予算は4%程度、ユネスコが目標として掲げるGDP比7%を大きく下回っています。チリはOECD加盟31カ国のうち、教育費の国民負担が最も高い国で、その割合は41.4%に達します。(ちなみに日本は34%で下から3番目で、これもひどい話)

大学生は高利の教育ローンを組むのが常識になっており、卒業時には、学生1人あたり平均で4万5千ドルの借金を抱えることになるようです。これで就職先がなければ、目も当てられません。

運動は、たとえば奨学金の返済金利の利下げとか大学受験料の割引などという慎ましやかな要求から始まりましたが、ただちに教育制度の抜本的改革と、教育予算の大幅な増額を求める闘いに発展しました。

あの国際通貨基金(IMF)でさえ、チリの財政状況を分析したうえで、チリ政府の財界本位の政策を批判しています。

「国民の諸要求の高まりに応えるためにも、企業が支払う税率を国際水準に引き上げ、企業に対する気前の良い優遇策や税制上の譲歩を減らすべきだ」

(おい、聞いているかい、野田さん!)

 

3.同時に、民主主義実現の闘いでもある

それは同時に、表現の自由を確保し、ピノチェト軍事独裁の残滓を最終的に取り除くための民主主義実現の闘いでもあります。

チリでは警察は軍隊です。人民連合の前からそうです。警察軍といいます。民主化以降も人事は基本的には変わったいません。独裁時代に人民弾圧に辣腕を振るった人間が、現在も幹部として残留しています。

だからデモ隊に対して情け容赦はありません。デモ隊が手を出さなければ、手を出すように仕向けてから弾圧に回ります。催涙弾の水平撃ちなどへっちゃらで、人が2,3人死んだくらいでは動揺しません。

デモ隊はこういう連中と向き合わなければなりません。そうして一歩一歩、彼らを政治的に追い詰めて行くほかありません。

学生が最初に機動隊と向き合ったのは5年前、06年4月のことでした。このときはバスの学割廃止に反対する高校生のデモで、高校生の制服がペンギンに似ていることからペンギンの反乱と呼ばれました。

(チリでは14から18歳まで中等学校に通うことになっている。日本の旧制中学に近いが、ここでは便宜上高校と呼んでおく)

そんなデモ隊に警察は襲い掛かり、50人ほどが逮捕されました。さらに数日後のメーデーでも高校生の集団が狙い撃ちされ、全国で1千人が逮捕されました。

これで全国の高校生は頭に来ました。1ヶ月のあいだに全国で320の高校が占拠され、さらに100校以上がストライキに入ったのです。

さすがに政府もうろたえました。5月の末には教育長官が高校生代表と直接会見を持つに至ります。これで要求が認められるかと期待する高校生が会場となった国立図書館周辺に集まりました。

その広場に機動隊が突入したのです。そして催涙弾を撃ちまくり725人を逮捕しました。このとき26人が負傷し、個人宅にいた見物人も逮捕され、報道関係者も特殊部隊に攻撃されました。これらの映像は報道によって流され、世間の憤激を呼びました。

バチェレ大統領は「警察に治安の維持を期待しているが、昨日目撃したような出来事は到底受け入れることはできない」と非難しました。それまで「警察 の行動を支持する」としてきたサルディバル内相も、調査の開始と、特殊部隊の隊長と副隊長を含む10人の解雇を発表せざるを得なくなります。

それまで世間の目を気にすることなどなかった警察も、ようやく時代が変わったことを実感せざるを得なくなりました。

それから5年たって、いわば戦闘再開です。デモの参加者の数も、封鎖行動も5年前よりさらに大規模になっています。6月30日には30万人のデモが行われました。とくに8月に入ると毎週のように5万から10万のデモが繰り広げられるようになります。

8月24日には労働組合センター(CUT)がゼネストを支持するなど、闘いは学生だけでなく労働運動と結合して展開されるようになりました。

これに対し、警察はふたたび牙を剥き出して襲い掛かりました。今度は少し巧妙になっています。エンカプチャドス(覆面をした若者)の部隊がいずこからともなく現れて、警察に対して投石、火炎瓶などで攻撃を仕掛けます。

そうすると報道陣もそちらに集まります。煙が漂い、炎が上がり、乱闘・流血ショーのほうがテレビ映りが良いからでしょう。報道陣がそちらに行っているあいだにデモ隊をやっつければよいわけです。

 

補 「二つの戦線での闘い」 という懐かしい言葉もあったね

三つの柱とは別に、学生運動であるがゆえに必然的なのですが、左右に揺れる路線の心棒をしっかり支え、挑発分子を排除し、統一と団結を守り抜く闘いもますます必要になっています。

全学連全国指導部8人のうち、委員長のカミラ・バジェホが共産党員であることは紹介しましたが、ほかは社会党系が1人で、あとは無党派ラジカルだと いうことです。バルパライソ大学の代表のインタビューによると、ゲバラだったりネグりだったりとさまざまですが、共産党嫌いでは共通しているようです。

人民連合の時代にもコンセプシオン大学を中心にMIRという跳ね上がり集団がいて、それが社会党の「左派」と結びついて、ずいぶんと、余分なことをやってくれました。

彼らの残党はいまだにミニ集団に分裂し抗争を繰り返しながらも生き延びていて、このノンセクトラジカルを取り込もうと策動しているようです。