2,3日前のブログでオークランドのストライキの記事を紹介した。

そのとき気になったのは、占拠運動の若者たちにストライキを決行するような才覚があるのか? ということと、なぜ1万人のデモ隊がオークランドの港に向かったのか? ということである。

そこでネットで調べて見たところ、以下のような動きが明らかになった。

日本語情報の多くは、中核系諸君のサイトを参考にさせていただいた。彼らはどういうわけかアメリカの港湾労組とコンタクトがあり、そこから情報を収集したようである。

以下、時系列で紹介する。


10月10日 青年たちが「オークランドを占拠せよ」行動を開始。その後10日あまりの間に市庁舎前の広場に150のテントが設営される。

10月25日 オークランド市警、市庁舎の前に張られていた占拠運動のテントを撤去。警察は、催涙ガス銃を人々に向けて至近距離から発射、抵抗する参加者90人を逮捕する。

10月26日 占拠運動の参加者グループ、港湾労働者の支援を受け市庁舎前広場を再び占拠。11月2日に市民ゼネストを決行すると宣言。

10月27日 デモ参加者に対する警官隊の攻撃。デモ参加者で帰還兵スコット・オルソンが頭蓋骨骨折で重態となる。オルソンは海兵隊員として二度にわたりイラクに派遣された経歴を持つ。

10月28日 港湾労働組合の幹部が連名で、1934年のゼネストの伝統を引き継ぎストライキを決行すると宣言。

10月29日 港湾労組、チームスターがストライキ突入。港湾機能がストップする。

11月01日 ストライキ前日までに教員組合、市役所労働組合、チームスターズ、建設労組、看護師組合、食品労連などがストライキ決議。アラメダ郡中央労組評議会(100労組、10万人)がストライキ支持の決議。

11月02日 市民ゼネストが決行される。港湾当局は安全が確認されるまで港湾を閉鎖する。


レーニンがどこかで「労働組合は活動家の最高の養成場所である」というようなことを書いていたが、今アメリカでそれが実証されているのは皮肉なことである。