国際競争力の強化は、一般的には必要なことである。国際貿易の網の目の中で、どこかに比較優位の分野がなくては、輸出と輸入のバランスが取れない。
とくに日本のように資源のない国では工業製品や技術の分野で切磋琢磨が必要だ。ここまではまったく経団連と変わるところはない。
しかし黒字大国化は必ずしも国際競争力強化とはつながらない。貿易は、すくなくとも基軸通貨換算では釣り合いが取れなければ、持続は不可能である。片方に黒字大国があって、片方に赤字大国があれば、いつかはゲームは終わる。終わらないのは基軸通貨であるドルが発行をやめないからである。

しかしそれは、貿易不均衡のひとつの側面である。黒字大国側にたまってくる巨額の内部留保は行く先をもとめて、激しく動き回り始める。以前はこの動きを統制し、生産に振り向けるさまざまな機構があった。またそれを消費と文化向上に振り向ける再配分システムが機能していた。

しかし、新自由主義の下で金融規制が緩和されるようになると、これらのマネーは生産にも消費にも向かわず、自己増殖を始めるようになった。

信用の創出により1ドル紙幣が10ドルに膨れ上がり、実体経済とかけ離れていくが、やがてこのバブルが消滅すると、逆テコが働き、あっというまに10分の1に収縮する。そして通貨は流動性を失うのである。

もちろん、現下の不況をもたらした直接の犯人は、金融規制緩和と過剰ドルの狂乱である。しかしその根底に、長期にわたる貿易不均衡があることは間違いない。

かつて戦後、ガット体制に復帰した日本は貿易の拡大をもとめて必死に活動した。武力を持たない日本はひたすら交渉によって世界の諸国の理解をもとめ、自由貿易の諸原則を忠実に守ることによって、諸国の信頼を回復するほかなかったのである。

その諸原則の中に黒字大国化はなかったはずだ。貿易で得た利益を国民に還元して、みんなで豊かな国になるようにがんばろうという気持ちで一緒になっていたはずではなかったか。

そして、平等互恵の貿易によって世界の国々が等しく豊かになり、そのことで戦争のない平和な世界を作ろうと決意していたのではないか。憲法前文のとおり、それこそが日本の「名誉ある地位」だ。