別に何の意味もない、そのまんまである。ふと思い出して、口ずさもうとするのだが、別れたっていいじゃないか、泣くことないじゃないか。あいつだって真剣に愛してくれたんだ。
…の後が出てこない。
いまは便利なもので、グーグルに知っている歌詞を入れて検索するとすぐに答えが出てくる。
昭和33年のヒット曲で歌手は神戸一郎。ほぉーっ、そうだったのか。作詞は西条八十。さすがだ。いかにも東京弁、なかなか田舎ものには使えない言葉遣いだ。
静岡なら「別れたっていいじゃん、泣かなくたっていいじゃん」となる。間違えても「泣くことないじゃないか」とギラは使えない。
それはともかく、その後の歌詞。
ああ 花もしぼむさ
  小鳥も死ぬのさ
と歌謡曲にあるまじき言葉が続くのである。
失恋した女友達を男が慰めるというシチュエーションもかなり特殊だが、それにしてもこの言葉、まったく慰めにはなっていない。いったい花がしぼむのと、小鳥が死ぬのと、二人の恋が終わるのとはどういう関係があるのだ。
柳亭痴楽ではないが、「郵便ポストが赤いのも、電信柱が高いのも、みんな私が悪いのよ。そしてあなたのせいなのよ」という台詞と選ぶところはない。
ひとつ間違えれば、「あんたも死んだら…」とも取れかねない。
だからこの歌、誰もが「別れたっていいじゃないか」は憶えていてもその後が記憶にないのだろう。
それにしてもこの西条八十という男、才能はべらぼうだが、何を考えているのか分からないところがある。

昔の更新記録の文章を再録する。

2006.12.23
 別のことを調べていて、たまたま面白いページに出会いました。「東京行進曲」の裏話が載っていて、二番の歌詞はもともと違っていたということを知りました
 「当時は、マルクス主義の全盛の頃で、〈シネマみましょうか、お茶のみましょか、いっそ小田急で逃げましょか〉は最初、〈長い髪してマルクスボーイ、今日も抱える赤い恋〉だった。西條八十は、当時、ビクターの文芸部長だった岡庄五の「官憲がうるさい」という言葉に折れて瞬時に言葉を組み替えた」のだそうです。まさに「いっそ小田急で逃げましょか」ということです。その類まれな文才と、類まれな無節操さが浮き彫りになったエピソードですね。