バンコールというのはケインズが提唱した世界通貨の名前だ。バンク(銀行を表すゲルマン語)とオール(金を表すフランス語)を合成した用語で、あえて重箱読みにしたところにケインズの思いがあるのかもしれない。

いまその名前がふたたび取りざたされるようになった。それはネオリベラリズムの流れに対抗するものとしてのケインズの復活を示すものと受け止められている。しかし経過を深く読んで行くと、単純な学説間の優劣ではない。それは第二次世界大戦というファシズムに対する生死を賭けた闘いの中で、世界の民主勢力が目指した理想であり、一度は挫折しながらも、パックス・アメリカーナの60年を経て復権しようとしている と捉えるべき側面を持っている。

 

バンコールが話題となってきた理由

08年のリーマン・ショックの影響は激甚だった。それはほとんど金融恐慌といってよい規模のものであった。各国政府は協調して金融支援に当たり、当座の経済崩壊は食い止めた。しかしそれは国家財政に重いツケとなって残った。ギリシャを責めるのはお門違いであり、悪いのは散々道楽をしてツケを国家にまわした銀行やファンドの連中である。そして新自由主義の御旗の下に彼らを保護・育成してきた大国の責任である。

金融資本を規制するのはどうしても必要だが、それでは根本的な解決にはならない。そもそも世界にはどういう経済システムが必要なのか、その根本の所が問われるようになったのは当然のことである。そして一国の通貨に過ぎないドルを世界の基軸通貨とするIMF体制が、諸悪の根源として浮かび上がってきたのだ。

ドル機軸体制の弊害を緩和しようと、あるいはより積極的に打破しようとする動きはこれまでにもあった。その典型がユーロである。そのほかにも静かに進行しているチェンマイ・イニシアチブ(拙稿 たかが金貸し風情が出過ぎたまねをするんじゃないよ を参照されたい)、大騒ぎの割にはあまり進行しないラテンアメリカの決済機関構想などがある。しかし今回のユーロ危機を見るまでもなく、多極化の動きだけではドル支配体制の打破はきわめて困難である。

世界経済の混乱を救うためには世界通貨の創造しかない、そして国際的な決済機関が各国の発展を保障するような形で創設されなければならない。そう考えたとき、IMF創設の際に葬り去られたケインズ構想がふたたび注目されるようになったのは、ある意味では必然のことだったかもしれない。