率直に言ってこの争いは醜い。基本は中国の大覇権主義、ベトナムの小覇権主義、そしてフィリピンやマレーシアのマイクロ覇権主義の争いだ。
そして古臭い。領土、武力、覇権、いずれも前世紀の遺物だ。
地政学的に考えれば、南シナ海は周辺諸国みんなの海だ。そもそも独り占めできるものではない。
同時に南シナ海はアジアと中東・アフリカ・ヨーロッパをつなぐ唯一の海上アクセスだ。誰かがここで通行料をとり始めれば、取る者もふくめて共倒れになる。
一般的には領土問題は、第一に支配権の問題であり、第二に資源の問題であり、第三に市場の問題だ。
しかしグローバリゼーションが進めば、支配権の問題は後景に下がる。市場の問題は人が住まない海上では議論にならない。メンツの問題を除けば、結局領土問題は資源の問題になる。そして資源問題は結局は資金の問題だ。その原資は資源を消費する側からしか出てこない。
だから南沙諸島を資源問題として捉え、どのような開発主体を資本形成し、どう開発しどう利用し、経済発展のバネにしていくか、の議論が進められなければならない。
率直に言えば、この話を主導的に進める力を持っているのは消費能力を持っている国、すなわち中国以外にない。ベトナムやフィリピンがイニシアチブを握っても、結局欧米のメジャー系に丸投げするだけの話であり、そのテラ銭をいただくだけの話になる。それは結局国を弱めることになりかねない。
ベトナムもそれは分かっている。だから2007年に一度は中国との国家的合意に達したのだ。問題は両者、とくに中国側がいかに大国としての度量を発揮して、関係諸国が納得できる計画にしていけるかだろう。
そのためには領土問題は、「眠りこます」必要がある。
しかし、中国の軍事的な動きはこの大きな流れとは異質なものを秘めている。軍事的プレゼンスをひたすらに誇示し、緊張をいたずらにあおり、軍事大国化を自己目的としている趣がある。
緊張をいたずらにあおっているのは、反共・親米メディアなのかもしれないが、ここがどうも気がかりである。