税大ジャーナル 2008.10

「シャウプ勧告の再考」 神川和久

シャウプ勧告について歴史的背景、階級的性格、現時点での意義など非常に総合的に分析された文章で、参考になりました。さまざまな租税特別措置がいかに税制を阻害しているかもよくわかりました。また税制はいやおうなしに経済政策とのかかわりを持つが、根本的には時々の経済政策ではなく、国民生活の向上のためのものだという「原点」に立ち返らなくてはならない、という視点は大事なポイントだと思います。

A シャウプ勧告の歴史的背景

1.招聘の経緯

戦後復興にあたり緊急拡大型経済政策を取ったが、主たる財源を復興債に頼り、その大半を日銀が引き受けたため、通貨の供給過多を招きインフレ圧力が強まった。

アメリカは48年12月に「経済安定9原則」を発表し引き締め政策を打ち出した(ドッジ・プラン)。

その中で支出削減と並んで税収の増収をもとめた。これにもとづき米国内で適任者を募ったところシャウプを長とすることで一致した。

シャウプは「租税の経済的効果」に関する専門家で、大統領経済諮問委員会の委員、全国税務協会理事長などを歴任していた。メンバーのほとんどは法律専門家ではなく経済・財政専門家であった。

シャウプは就任に当たり、「細部にわたる具体的な租税法規の立案の責任を負わない」ことを条件とした。その目標は全体的な財政上の制度設計にあったとされる。

2.使節団の活動

49年5月から約2ヶ月、農業・商工業の納税者と直接面談し聞き取りを行った。また税務署の最前線を監察し行政の現状把握に努めた。

3.一次勧告(49年9月)

来日後わずか4ヶ月で、全4巻の勧告書を完成した。団員の一人は感想に「ある程度の税制の理想のようなものを掲げた点もある」と述べている。

B.勧告の概観

1.目標

①経済安定への貢献、②安定した税制の確立、③現行制度の不公平の除去、④地方自治強化への財政的支持、⑤政務行政の改善、徴税執行の強力化

序文は“一体改革”を強調。「勧告事項は相互に関連を持っている。その一部が排除されれば、場合によっては有害なものとなろう」

2.直接税中心主義

「直間比率は国民の納税に対する自覚の程度を示す」

直接税は納税意識を高め、応能負担の原則にもとづく公平に合致し、富の再配分機能を有する。

2.所得税

現行制度は公平性の視点からいくつかの問題がある。これを改革する。

①所帯課税制度を廃止する。

②貧困層を各種控除で保護する。

③最高税率を85%から55%へ低減。高税率による納税意識の低下に対処する。

④富裕層の税金逃れを防ぐため、譲渡所得の1/2課税を全額課税にする。利子所得の分離課税を廃止する。

3.富裕税

累進性を緩和する代わりに、所得税を補完する税として富裕税を提案。富裕層の純資産に毎年定率の課税を行う。

4.法人税

本来法人は擬人であり納税義務はない。しかし法人所得は個人所得の源泉であり。法人税はその前取りと考えられる。

多くの法人は内部留保すれば税金を逃れることができ不公平である。これを回避するため35%の単一税率を課する。(これはかなりの引き下げになった)

法人所得は最終的には株主の所得となるのであるから、キャピタルゲインの完全な捕捉により公平性が保障される。ただし法人税としての前取り分については割引が必要。

5.所得税の理念

「所得とは、一定期間中における純資産の増加である」ととらえる。現在の包括的所得概念に一致する。

包括的所得概念のよいところ

①公平負担の要請に一致する

②所得税の再分配機能を高める。

③所得税制度の持つ景気調整機能が増大する

ただシャウプ勧告が、戦後の悪性インフレに対処する租税政策として打ち出されたという背景は見ておかなければならない。現在のデフレ基調に対してシャウプ勧告がどういう意味を持つのかは慎重に検討されなければならない。


C. シャウプ税制の崩壊

51年法人税率の引き上げ。35%から42%に。

51年 法人の留保所得に対する利子付加税の廃止

53年 所得税からの利子所得の分離。銀行など金融機関の預金優遇のためとされる。

53年 有価証券の譲渡所得課税の廃止。低率の有価証券取引税の新設。

53年 富裕税の廃止。資産把握の困難さ、手続きの煩雑さ、執行上の困難。これに伴い所得税の最高税率を55%から65%に引き上げ。

シャウプ勧告における個人の所得を基準とした、公平を理念とする税制が、高度経済成長を支える資本蓄積というもう一つの大義名分により骨抜きにされ、法人税・所得税・資産課税という個別の体系を形成することになった。

「所得」を包括的所得概念により定義することは理論的には最も優れていいるが、実現主義の原則とは背馳する事があり、執行上の困難性も発生する。

設定税率の議論以前に、課税ベースの適正化という観点から租税特別措置法を全面的に見直す必要がある。とくに法人税の実効税率の議論において、租税特別措置等による課税ベースへの影響を考慮せずして、税率のみの国際比較をしてもまったく意味を成さない。

ともあれ、わが国の税制論議が経済政策に偏重することは好ましくない。

シャウプ博士は「税制は、国民のもっとも貴重な資源の一つです。納税者自身が納得して、全体としても筋が通っていてこそ、公平な税制といえるのです。そこで私は、公平さということを経済成長の前に位置づけようと考えます」