政治的変革の前線

経済の変化はマクロ・レベルにとどまるものではない。南米地域はマクロの変化に加えて持続的な経済成長を行ってきた。この経済成長を支えたのは、生活必需品の輸出増加であり、貧困率の低下であり、若干の国での国内市場の拡大である。

これらの指標が新しいサイクルの始まりを意味するのか、それともたんなる一時的現象なのか、その評価をするのは時期尚早であろう。これらの国の輸出産品が世界市場でいっせいに価格上昇したため一種のブーム(bonanza)をもたらしているからである。

しかしはっきりしていることはある。それは商取引の流れが劇的に変わったということである。

いまやブラジルの一番の取引パートナーは中国である。1930年以降、首位の位置を保ってきた米国はその座を譲った。アジアの巨人・中国の存在は、いまや南米地域に定着した。中国はすでにラテンアメリカ全体としても、アメリカに次ぐ第二の取引パートナーである。

しかし取引の多角化には、いろいろな側面がある。一方では、それは地域のすべての国のためになる。なぜならそれは新しい市場の開拓であり、地域の生産活動の要求に応えることになるからである。

しかし短期的には、もし必要な対策がとられなければ、その影響はextractive modelに打ち勝つ能力の喪失へと導く可能性もある(意味不明)。世界第7の工業国ブラジルでさえ工業生産物の輸出は低下した。

中国の大豆や鉄鉱石などに対する需要は絶え間なく、すさまじいものがある。生産の基盤は世界的な危機から変わるだけではない。アジア諸国の上昇は第一次産品の生産への復帰の原動力となっている。

これらが複合して、力強い経済成長が妨げられる可能性がある。それどころか、南米地域全体に根付いた社会政策の補完をもってしても経済が後退する可能性すらある。

 


この部分は、論旨が不明瞭でわかりにくいが、おそらく言いたいことはこうだろう。つまりアメリカからの脱却は成功したが、それに代わって中国が進出してきた。ブラジルは産業大国ではあるが、まともにぶつかれば到底中国にはかなわない。そうするとこれまで成長してきた産業は衰退し、中国への原料供給国として特化(いわゆる周辺化)せざるを得なくなる危険性がある。


 

もう一つ、進歩派の経済手法は、構造改革や所得再分配抜きの成長政策や貧困抑制政策と批判される可能性がある。不平等を判断するインデックスはわずかな改良を示してはいるが、ワシントン・コンセンサスの前の状況からは程遠い。

さらに悪いことには、富の集中は巨大鉱業や、単一作物栽培のアグリビジネスでさらに増大し続けている。その経済モデルの影響は二倍になって跳ね返ってくる。

まず第一に、これら産物の生産増大は威厳のある仕事を生成しない。むしろ新しい貧しい人々のグループを形成する。ブエノスアイレスでの大規模スラムの急速な拡大は、まさにこの現実の氷山の一角である。

2006年時点での推計で、首都とブエノスアイレス首都圏の間には819のスラム街が形成され、100万人の住民が暮らしているとされた。今日では約200万人の人々がスラムでの生活を余儀なくされている。そのうち23万人が首都に集中している。これはブエノスアイレスの人口の7%に相当する。しかもスラムの人口は全国平均の10倍の速度で増加している。

「静かな津波」、アルゼンチンの右翼はそういって非難している。毎日毎日、アルゼンチン北部地方だけでなくパラグアイから、そしてボリビアから食い詰めた人々が流れ込んでくる。

理由は明らかだ。国の耕地の半分を占める大豆畑が彼らを追い出したのだ。

農産物価格の高騰が止まない限り、あるいは構造的変化が起こらない限り、社会政策のみでは、都市に押し寄せるこの貧しい人々の「津波」を食い止めることはできない。

しかし、これは議論のレベルにとどまる。解決は相当先の話になる。ブラジルを除く多くの国はそれどころではない。政府の優先課題は、まずは月々の財政収支の帳尻を合わせことだからである。