いま大事なのは、大企業の未来と日本の未来を分けて考えることだ。

「国際競争力」についても大企業の国際競争力と、日本の国際競争力を分けて考えるべきだ。大企業の国際競争力を強化すれば、日本の国力は衰える。現にそうなっているではないか。現実を直視せよ。

大企業と一体の政策運営をすれば、大企業は良いだろうが、日本の底力は弱まるばかりだ。大企業の横暴を抑えてこそ、日本はふたたび成長と発展の過程に入ることができる。

大企業は国際競争力の源をコスト競争力と考えている。コストの削減は必要だが、人件費は正確にはコストではない。労働力の質の評価なのだ。日本国民の持つ生産力の評価なのだ。

大企業はさらに海外への進出を強めている。それはそれで良いだろう。しかしコスト至上主義の下では、それはいずれ破綻するだろう。現地企業が技術力を高めれば、所詮コストでは対抗できないからだ。

国際競争力=コスト競争力という呪縛から、日本は解き放たれなくてはいけない。なぜならそこに未来はないからだ。

大企業は今や日本の寄生虫と化している。日本を弱らせ、自らはますます肥え太っている。

しかしそれが何時まで続くというのだろう。やがて日本という国が朽ち果てれば、大企業の繁栄も終わりを告げるのではないか。

そこまで突き進むのかどうか、それがいま問われている。