ずいぶんと振りかぶった題名のレポートがあった。「世界経済・米国経済における新たな動きと諸問題」、筆者はみずほコーポの専務執行役員チーフエコノミストの中島厚志さんという人

2010年11月5日の日付だから若干古いが、まずまずアップデートだ。

1.金融危機後の世界経済

まず鉱工業生産統計から実体経済の動向をみる。中国経済とアジア経済の好調が際立つ展開。日本・ユーロ圏は9割強の水準。

筆者はもともと大恐慌を勉強したらしく、現代を“大恐慌期に類似する世界経済”と特徴付ける。そして、「政策手段が限られる中、当面地道に財政健全化と景気回復を図らざるを得ない」とする。まぁ常識的な線である。


2.浮き彫りになった世界経済の課題

(1)バブル経済からの脱却

次いでニクソンショック以降のトレンドをバブルの連続に過ぎなかったと評価する

…1971年以降の米ダウ平均株価の推移を見ると、とりわけ80年以降に5つのブームが訪れているが、いずれも健全な経済成長と財政金融政策の帰結とは言いがたい…

…バブルの繰り返しでは先進国経済の安定成長にはつながらない…

そして

…今回の米国の金融危機も、これまでのアンバランスな金融部門の拡大によって形作られた債務過剰に起因するもの…

と断罪する。

ここは本質をとらえた指摘だと思う。実体経済の数十倍に膨らんだ信用は、結局は借金の塊であり、いったん収縮局面に入ればそれは債務の塊となるわけだ。

それが怪しげなジャンク債ではなく、ドル紙幣によって裏付けられていようと、ドルそのものが紙くずになれば、実体的には裏づけのないものとなる。金本位制の放棄と変動相場制導入の必然的帰結だ。

つぎに金融危機後の動きの評価に入る

…米国は量的緩和姿勢を強めている。金融危機の契機となった「住宅ローンバブル」は終息したが、新たな「中央銀行バブル」が発生しつつある…

…世界的な流動性不足に対応するためとはいえ、FRBの流動性供給は突出している。それでも景気減速がやまず、FRBはさらに流動性を拡大する方向にある…

この方向の先に何があるか、筆者は警告する

…このままでは、「中央銀行バブル」の行き過ぎで新興国経済の失速、世界経済の再失速、金融市場の混乱などが生じる…

(2)主要先進国での構造的な需要不足

…金融危機後の需要急落により、主要国ではディスインフレが進行した。日本では、賃金下落の持続が安値買いや買い控えを長引かせる要因となっている…

トップ・アナリストが、本音としては、不況の原因を「国際競争力」や「円高」のためとは見ていないことが良く分かる。

(3)市場経済と社会安定のバランス

…市場メカニズムの下で小さな政府、民営化、規制緩和などを説く新自由主義的かつサプライサイド的な経済運営が行き詰った…

…社会福祉もあわせて追求してきたユーロ圏経済も、財政制約の高まりによる社会保障水準の引き下げに追い込まれている…

現在の危機を新自由主義の行き詰まりと見る視点は正しいと思う。ただしユーロ圏についての表現はおかしい。社会福祉が悪かったのか新自由主義が悪かったのかはぼかされ、アメリカもヨーロッパもダメというニュアンスになっている。

3.先進国・新興国経済モデルの課題

(1)先進国と新興国のデカップリング

…人口が多い新興国が高成長を続け、世界経済を牽引する構図は金融危機後の世界経済の大きな特徴…

…新興国経済の課題は、キャッチアップ型成長モデルの限界と金融バブル懸念…

実体経済として成長しているのは新興国のみという現状、しかもそこには、キャッチアップの完了という壁がすぐそこにある。中国のGDP伸び率の鈍化と物価騰貴としてすでに前兆は現れている。

(2)先進国は成長モデル再構築の局面

ここから先、筆者は不況脱却のモデルを提示する

…先進国は大きな需要創造を図ることがブレイクスルーへの道だ。安定した内外需を確保するためには、①充実した社会保障制度、②産業競争力のある産業を維持強化する、ことが不可欠だ…

そしてスエーデン型国家形成を推薦する

…福祉国家スウェーデンは安定した個人消費に加えて投資、輸出のウエイトも大きい。また、その経済の生産性(TFP)の伸びは高く、ひとつの先進国経済モデルだ…

また、新興国との差別化と人的資源開発が先進国復権への鍵と強調する

…中国等新興国の産業高度化も著しいことから、差別化は大きなイノベーション、画期的なビジネスモデルの開発、新たなグローバルスタンダードの定着、などが焦点になる…

…教育の一層の充実は先進国が新興国と差別化するための最大の手段である。ただしこれは実現が不確実で時間がかかる、政治的安定と国民の強い意志が不可欠だ…

ということで閉めている。

銀行の政策トップという立場からして、それほど学問的に突っ込んだ文章ではなく、メモ書き程度のものだが、実践的な勘所を押さえたものとなっている。

金融界の中枢からこのような意見が出始めているということは、間違いなく私たちが政治の転換点に差し掛かっているということだろう。


「曇りガラスを手で拭いて、あなた明日が見えますか?」